女性職員の多い「医療担当部署」
男の刑務所で働く職員の大半は男性です。当然と言えば当然なのですが例外もあります。医務棟とか病棟と呼ばれる塀の中の医療担当部署です。大きな刑務所になると法律上の病院として指定されるほどの規模になり、そこで一番多く働いているのは女性だからです。そう、女性の看護師さんです。
昔は看護婦さんと言っていましたが、男女同権の考え方からか近年看護師という呼称になりました。でもここでは女性の看護師さんの話なので、分かりやすくするために看護婦と呼びます。
参考までに、刑務所にはごく少数ながら男性の正看護師が配置されることもありますし、准看護師資格を持つ男性刑務官は結構な数に上り、保健助手という呼称で医療業務に従事しています。
「保健助手」と仮病を装う受刑者
看護婦さんの話の前にこの男性の保健助手の話を少しします。看護婦さんのことと関係があるからです。実は彼らと受刑者の関係は必ずしも良くありません。というのは、保健助手は、身体の具合が悪いと訴え出る受刑者がいるとまずその症状などを確認し、医師の診察へとつなげるのですが、問題は仮病を装う受刑者がたくさんいることです。
一般の社会では仮病で病院に行く人はまずいないでしょう。何の得にもならないからです。仮病でも診察を受ければお金を払わなければなりません。誰もそんなことはしない。
ところが塀の中はこれが横行します。得することがあるからです。うまくいけば病人扱いとされるので働かなくても済みます。それにお金は一銭もかかりません。刑務所は国が受刑者を収容しているためにその健康保持は国の義務です。だからお金は取らない。そのような構造になっているのです。
薬をもらいたがる受刑者も
それと、彼らは薬をとても喜びます。特に覚せい剤で刑務所に入ってきた人は薬を欲しがる。服用限度量を超えて薬を飲み、もうろうとする状態が楽しいのだそうです。油断も隙もありませんし、下手をすれば命にかかわることですから見逃せません。仮病に成功して薬を手に入れた受刑者が、それを自分では飲まずに(当然です)、欲しがる受刑者にプレゼントして恩を売るといったこともやります。
「保健助手」が嫌われる理由
このようなことですから、保健助手の大事な仕事の一つは仮病を見抜くことになります。本当の病気の受刑者を仮病扱いにしたら人権上の問題になりますし、訴えられれば保険助手自体の身が危うくなりますから、これはとても慎重に行わなければなりません。
それでもやらないと医師に無用の診察を大量にやってもらわなければならず、医師も見破れないと薬が処方されて妙な使われ方をします。入院扱いともなれば病棟はすぐあふれてしまいます。そんなこんなで厳しく見立てをするわけですが、これが受刑者から保健助手が嫌われる理由になっているのです。
天使やお母さんのように好かれる「看護婦さん」
一方、看護婦さんの方ですが、彼女たちは医師によって間違いなく病人とされた受刑者の世話をするのでそのような嫌われ者にはなりません。むしろ天使のように受け取られます。「天使と呼ぶにはちょっと」という年齢の看護婦さんの場合は、優しいお母さんのように受け取られます。
中には殺人罪などの重犯罪で服役中の受刑者もいるのですが、見ていると彼らは看護婦さんにとても従順です。看護婦さんたちが優しいからというだけではないように思えます。考えるに、彼らだって一人残らずお母さんがいます。お母さんに従順だった子供の頃の体験が看護婦さんたちへの従順につながるのかもしれません。
驚くほど従順な受刑者を見て思うこと
あるいは、もっと言えば、日本の神話に出てくる天照大神と日本人との関係に起因するのではないかと思ったりもします。日本人には男性が女性にかしづくことに違和感を持たないDNAが存在する。そんなことかもしれないなあ、と思ったりもしてしまうのです。とにかく拍子抜けするくらいに彼らは看護婦さんの前では従順で、子犬のようになります。
「危険」どころか「泥沼に咲くハスの花」のような存在に…
犯罪者を相手にする看護婦さんたちに危険なことはないかと誰でも思うでしょうが、そんな事例は聞いたことがありません。近くには男性刑務官が勤務しているので、仮に何かが起きてもすぐその担当職員が対応するという勤務体制が敷かれていることもありますが、どうもそれ以前に彼らが心底看護婦さんに従順だということのような気がします。
そして、看護婦さんたちは、一般社会の病院で様々な患者を相手にしてきており、我がままし放題の患者もあしらってきたわけで、それらと比べると受刑者の方がまだかわいいということなのかもしれません。まったく、刑務所の中の看護婦さんは泥沼に咲くハスの花のような存在です。
(小柴龍太郎)
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