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【死刑か無期懲役か】刑に対する様々な受け止め方について

極刑を言い渡された受刑者は、それぞれどのように過ごしているのでしょうか。そしてそれを見守らなくてはいけない刑務官の苦労とはどのようなものがあるのでしょうか。今回は重い刑に対する様々な受刑者の受け止め方と、それぞれに対処する刑務官のお話です。

2018年01月30日更新

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目次
刑務官の大変さはどちらも変わらない
執行の日までの接し方が難しい
終わりの無い刑に対する反応
かつての励まし方は「仮釈放」「出所」を目標にすること
終身刑論に対する現場の懸念
【死刑か無期懲役か】刑に対する様々な受け止め方について

刑務官の大変さはどちらも変わらない

世間が大騒ぎするような殺人事件が起きるとその裁判にも大きな関心が集まります。そしてある場合には死刑判決が出て、別の事件では無期懲役刑が言い渡されたりします。生と死を分けるこの二つの判決。そこには決定的な差があると思われているようですが、彼らと直接向き合うことになる刑務官からすれば、どっちもどっち、という気分で受け止めるような気がします。質は違うけれどもどちらも大変で、大変さということではいい勝負といったところではないかと思うのです。

死刑の場合、それを執行する刑務官の負担は大変なものです。生きている人間の命を絶つというのは尋常のことではありません。死刑執行の役を命じられた刑務官は、一生消えることのない心の傷を負いながらその任務を果たすのです。

執行の日までの接し方が難しい

しかしそれだけではありません。死刑執行の日までも相当大変なのです。彼らの刑は死ぬことですからその日までは受刑者ではありません。被告人などの未決拘禁者と同じように比較的自由な生活を送ります。

しかしそこはやっぱり死刑確定者。無罪となる可能性のある未決の拘禁者とは違って既に判決が出ている人です。しかも極刑です。だから刑務官は最高レベルの緊張感を持って接すべき相手なのですが、受刑者でもなく未決でもないのでその接し方が難しい。心安らかに死刑を受け入れ、静かな気持ちで執行の日を迎えられるような心配りもしなければなりません。そんな日が死刑執行まで続くのです。やっぱり大変。

終わりの無い刑に対する反応

一方、無期の刑を受けた受刑者の方ですが、刑務官にとってはもちろん死刑執行のような瞬間風速的な厳しさ・辛さはありませんが、彼らのように無期限に刑務所内で暮らす受刑者の面倒を見るのは、その長さゆえにこれまた大変なのです。いつやむか分からない吹雪の中を歩き続けるような辛さといっていいかもしれません。

茫然自失になるタイプ

私はこのような人たちが多数収容されているLB刑務所(刑務所を何度か経験した受刑者で、執行刑期が8年以上ある受刑者を集めている刑務所)でも勤務したのでその実際を体験的に知っていますが、最初の関門は受刑が始まった時に訪れます。刑が確定すると、ほとんどの無期刑の受刑者は茫然自失状態になるからです。

「俺は一生社会に戻れない。ずっと刑務所の中。俺の人生は終わった。」

と一切のエネルギーが枯渇したように落ち込むのです。当然といえば当然ですが、刑務官からすればそのままでは刑務作業(懲役刑受刑者の義務)もさせられないし、ほかの受刑者との共同生活をさせることも難しい。個室(独居)に一生入れておくこともできません(個室の数が圧倒的に足りないのです)。

そこで刑務官は彼と面談を繰り返すなどして何とか生気を取り戻させようとするのですが、これが容易なことではありません。長い場合には何か月も、あるいはもっと時間がかかります。相当なエネルギーが要るのです。

自暴自棄になるタイプ

一方、自暴自棄になる無期刑の受刑者もいます。

「ええい、くそ! もうこうなったら破れかぶれだ!」

「世の中はみんな敵だ! 上等だ! やったろうじゃねえか!!」

といった気持ちで一杯になり、大暴れを繰り返します。部屋の壁を蹴りまくり、備え付けの小机で窓ガラスを割ったりして滅茶苦茶にします。刑務官に向かってくることだってあります。大暴れして刑務官たちを困らせることで気が紛らせようとしているのかもしれません。

彼らからすれば、やりたい放題やっても怖いものはありません。たとえ刑務官を傷つけても懲役何年かで済みます。既に無期の刑を受けているのですから痛くもかゆくもありません。一生刑務所から出られないことに変わりはない。死刑だけ免れればあとは何をやっても大丈夫、と考えるのです。

自殺を考えるタイプ

また、「いっそ死んでしまおうか。」と考える無期刑受刑者もいます。そしてあの手この手で試します。人間その気になると自殺する方法は刑務所の中でも結構あるのです。

しかし刑務所はこれを許すわけにはいきません。司法制度上の理屈もさることながら、被害者のことを思えば簡単に死んでもらっては困るのです。死ぬ方が楽。だからこそ許さない。これが無期刑の厳しさです。そしてそれを実現するために、1年365日、一刻も油断せずに自殺をさせないようにする刑務官の負担はとても大きなものとなるのです。

かつての励まし方は「仮釈放」「出所」を目標にすること

無期刑の受刑者の反応は以上のように人によって違いますし、その強さも海の波のように周期的に訪れます。服役のスタートでまず第1波が来て、それが収まったと思っていたらまた再来する。これを何度も繰り返すのです。刑務官は油断できません。

昔の刑務所の場合、このような無期刑受刑者の処遇のポイントは、「諦めずに頑張っていれば仮釈放で出所できるかもしれない」と受刑者を励ますことでした。実際に制度上そうなっているのです。ですから呆然自失となっている受刑者にはもちろん、自暴自棄になって暴れたり自殺ばかりを考えたりする受刑者に対してもこの話を繰り返し、将来は真っ暗闇ではなく、かすかであっても明かりがともっていることを教え、そこに向かって生きる気力を湧き上がらせていたのです。

終身刑論に対する現場の懸念

しかし近年、無期刑者は死ぬまで刑務所に閉じ込めておくべきだという風潮が強まってきました。いわゆる終身刑論です。その考え方は理解できますが、刑務官からすればこれはとても困った事態です。世論の動向を受けて、地方更生保護委員会では無期刑の仮釈放をなかなか認めないようになりました。かすかな明かりがほとんど見えなくなってきたということです。刑務官の説得も空しく受け取られかねない状況です。

それでもまだ制度上、現時点では仮釈放の可能性が残っています。しかしこれが本当の意味での終身刑が制度化されたらどうなるか。それを考えると、受刑者もそうでしょうが、刑務官もお先真っ暗になるような気がするのです。

(小柴龍太郎)

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