新しい脅威に立ち向かえ! 消防のNBC災害への新しい対応とは

世界各地で起きているテロ事件や、日本国内でも原発事故が発生するなど、今通常の対応では対処しきれない、NBC災害と呼ばれる災害が多発するようになりました。新しい脅威ともいえるNBC災害に対し、消防ではより高い対応力が身に着けられる様に、日々努力されています。


メディアでも聞くようになった「NBC災害」とは?

核・生物・化学が関係する災害を指す

テレビやインターネットなどで「NBC災害」という言葉を聞くようになりました。これは、火災や事故、天災などの今までの災害とは異なり、災害の中でも一番危険、そして特殊と言われる災害と言っても過言ではありません。

NBC災害とは、核物質(Nuclear)、生物兵器や生物剤(Bioligical)、化学物質や化学兵器(Chemical)が関係する災害で、これらの頭文字を取って総称をNBC災害と呼ばれています。

N災害とは、記憶に新しい東日本大震災に伴う、福島第一原発事故が該当します。また、かつて戦時中広島・長崎に落とされた原子力爆弾による災害もN災害に該当します。

B災害は、米国同時多発テロ以降から、世界各地で発生した「白い粉」の不審物案件などが該当します。人の手によって未知のウィルスをばらまいてパンデミックを起こす、デング熱を媒介する蚊や、刺されると死に至るヒアリなど、危険な外来生物を持ち込むなどもB災害に該当します。

C災害とは、日本国内で著名なのが地下鉄サリン事件です。他にも、ヒ素カレー事故など、食物を媒介として化学物質を蔓延させるのもC災害に該当しますので、人体に有害な化学物質が蔓延している災害を指しますが、他にも、化学薬品工場の爆発事故などもC災害に該当します。

海外では「CBRNE」と呼ばれる事も

日本では、NBCという言葉の方が広まっていますが、海外では核と放射性物質(Radiological)に分け、更に爆弾や焼夷弾(Explosive, Incendiaries)を加えて「CBRNE」(シーバーン)災害と呼ばれる事が多くなっています。

特に、テロで爆弾が使われる事が多い海外での事例では、爆弾や焼夷弾に対応する取り組みも行われている為です。

NBC災害の最大のネックは「見えない敵」

一般的な災害では、危険が目視できる特徴があります。例えば、火災現場なら火の勢いや煙がありますし、自然災害も風の勢い、雨量などでどのくらいの危険かを判断する事もできます。

ところが、NBC災害は、放射線や大気中に放出されたウィルス、気化した化学物質など、危険な物質を目視できません。その為、NBC災害時で活動を行う時には、直接目に見る事ができない危険な中で活動をしなければいけないのです。

NBC災害が発生した時に、前線で活動するのが消防の組織です。災害時には、危険の排除や要救助者の救出救助を行いますが、その上で最も大切なのが、活動にあたる消防隊員の安全を確保する事です。目に見えない敵と戦う為に、消防ではNBC災害に対する対応の高度化が求められています。

消防のNBC災害に対する対応力とは

自治体の救助隊の規模によって異なる

NBC災害時に活動する消防隊員の中でも、中心的な存在となるのが救助隊です。


救助隊は、各自治体の消防に属していますが、自治体の規模や人口によって救助隊は「救助隊」「特別救助隊」「高度救助隊」「特別高度救助隊」に分かれています。そして、それぞれの救助隊によって、属している隊員が受ける教育内容や、資機材の種類が異なりますので、おのずとNBC災害に対する対応力も異なってきます。

救助隊の種類別による編成と、NBC関連装備や対応力の違いを見てみよう

・救助隊…NBC災害に対しては、緊急・応急的な対応のみとなります。所持しているNBC関連資機材も、可燃性ガス測定器、防毒マスクのみです。

・特別救助隊…NBC災害に対しては、小規模の除染対応と、ホットゾーンでの救出活動が可能です。NBC関連資機材は、救助隊の資機材+陽圧式化学防護服、化学防護服、放射線防護服、個人用線量計、除染シャワー、除染剤散布器、有毒ガス測定器、放射線測定器となります。

・高度救助隊…NBC災害に対しては、特別救助隊の対応+簡易検知対応が可能になります。NBC関連資機材は、特別救助隊の資機材+携帯用化学剤検知器、携帯用生物剤検知器が加わりますが、地域の実績によって異なります。また、構成する隊員も、NBC災害対応を含んだ高度な教育を受けた隊員5名以上で構成されます。

・特別高度救助隊…高度救助隊の対応に加えて、検知、大規模除染対応も可能になります。NBC関連資機材は、高度救助隊の資機材+可搬型化学剤検知器、生物剤検知器が加わります。地域によっては、検知型遠隔探査装置と呼ばれる、活動に使用するロボットを持つ特別高度救助隊もいます。また、車両も救助工作車の他に、特殊災害対応ができる車両、ウォーターカッター車や大型ブロワー車が加わります。

以上の事から、NBC災害対応においては、特別高度救助隊がスペシャリストであると言えます。

東京消防庁には、NBC災害対応のハイパーレスキュー「科学機動隊」もいる

東京消防庁には、特別高度救助隊である消防救助機動部隊(通称ハイパーレスキュー)が配備されています。そして、東京消防庁には、NBC災害対応のハイパーレスキューである「科学機動隊」が配備されています。

ハイパーレスキューは、第二消防方面本部(大田区)、第六消防方面本部(足立区)、第八消防方面本部(渋谷区)、第九消防方面本部(八王子市)の5か所に配備されていますが、その中で第三、第九に科学機動隊が配備されています。また、全ての本部は数字+ハイパーレスキューの意味である〇HRで表記されます。

ちなみに、ハイパーレスキューのエンブレムは、山岳救助犬であるセントバーナードをモチーフにしたエンブレムですが、3HR、9HRのエンブレムはNBC災害対応部隊であるという事から、陽圧式化学防護服をモチーフにしたデザインが採用されています。

他の自治体は、特別救助隊員や特別高度救助隊員がNBC災害の時にも兼任している事が多いですが、専門の部隊である科学機動隊は、今後のNBC災害対策に置いて、スペシャリストとしてとても心強い存在となる事が予想されます。

科学機動隊の持つ特殊車両を見てみよう

特殊災害対策車(除染車)

除染を行う為のシャワーを備えた車です。立ってシャワーを浴びれるブースから、けが人など寝かせた状態でシャワーができる臥位除染ブースもあります。9HRには最新鋭の除染車が配備されており、3HRに配備されている除染車よりも積載庫スペースが広くなり、歩行除染ブースが1つ増加しています。また、車両の後方には大型の昇降装置がついており、さらに臥位除染ブースを展開する事もできます。

特殊災害対策車(大型)

特殊災害対応車とも呼ばれます。災害現場での待機所や指揮支援をする車両として、また1席設けている分析室では、災害の原因となった物質の分析を行う事もできます。車内の運転席には、各方面を映し出すモニターがあります。また、2機の空気清浄機を搭載し、運転席や分析室を陽圧環境にする事ができます。車両の後方の活動スペースが、3HRより9HRの方が広く取られています。また、車両の後方には、検索型遠隔探査装置(活動ロボット)の昇降装置を備えています。

特殊災害対策車(高踏破偵察車)

高踏破型で、足場の悪い場所でも利用できる特殊災害対策車です。六輪駆動車を採用しており、シャーシは陸上自衛隊で使用されているトラックと同じものを採用しています。

人員輸送車

災害現場への隊員輸送や、多数の傷病者が発生した現場の中で、比較的軽度の消防車などを病院に搬送する時に使用される車両です。

もしもNBC災害が起きたら! 消防の対応を見てみよう

現場における優先順位とは

NBC災害が発生した時に一番大切なのは情報収集をした後に、色々な活動を同時に並行して行う事です。けれども、自治体の規模によっては初動の段階で救助隊員の人数や必要な資機材が不足してしまっている場合があります。多方面からの応援を待っている間、同時並行の活動ができない場合には、以下の優先順位を付けて活動を行います。


1:各ゾーンの設定
2:要救助者の救出活動
3:1次トリアージを行う
4:除染活動
5:2次トリアージを行う
6:救急搬送

何よりも大切なのが、ゾーンの設定、そして消防の場合は要救助者の救出活動になります。(警察の場合は、ゾーニング後は現場の捜査活動に入る)

ゾーニングとは

NBC災害では、活動におけるゾーニングが重要であると言えます。ゾーンは、以下ホットゾーン、ウォームゾーン、コールドゾーンに分けられます。

ホットゾーン…NBC災害の原因物質に直接接触する可能性のある区域で、一番危険。化学剤や生物剤の収容容器や残留物が目視できる、建物内では構造や空調によって原因物質が拡散したと思われる場所、人が倒れていたり、うずくまっていたりする場所、簡易検知器で反応ができる付近一帯などが当たります。

ウォームゾーン…直接的な危険性は少ないけれども、潜在的な危険のある区域です。原因物質が存在しない場所でありながら、汚染された人や物が来ると予測される場所が当たり、除染の管理ができている付近一帯を指します。その為、生物・化学剤などによって曝露者が出た場合の集合場所として、1次トリアージや除染を行う除染所を設けます。

コールドゾーン…消防管轄区域の中で、ホットゾーンとウォームゾーンを除いた区域を指し、直接の危害が及ばない安全な区域となります。消防などの車両配置や、2次トリアージポスト、救護所、現場指揮本部などが設置されます。

災害レベルに対する防護装備

NBC災害は、規模の大きさや災害の内容に応じて、レベルAからDまでの4段階に分かれて隊員は防護措置を行います。ただし、原因物質が分からない場合には、規模の大きさに関わらず、安全性を再優先する為に、レベルAの防護措置を実施します。

レベルA…陽圧式化学防護服(※)+自給式呼吸器での呼吸保護
レベルB…化学物質対応防護服(気密型で非陽圧式の化学防護服)+自給式呼吸器や酸素呼吸器
レベルC…化学物質対応防護服(非気密型、非陽圧式の化学防護服)+自給式呼吸器や酸素呼吸器、防毒マスク
レベルD…防火衣に防塵マスク、ゴーグルなど消防活動を実施する時に使用する装備のみ

※陽圧式防護服とは、NBC災害時、専門部隊が使う最も安全性の高い防護衣です。手袋とブーツが繋がっている一体型の防護服で、隙間なく密閉され陽圧環境を作り出し、外気からの有毒物質の侵入を防ぎます。

NBC災害対応の為の訓練とは?

色々な訓練が行われている

NBC災害に対応できるように、各自治体の救助隊を始めとした消防職員は色々なNBC災害を想定した訓練を行っています。主な訓練は、消防署内や訓練施設で行う事が多いですが、鉄道の駅など公共施設を舞台にした、大規模な訓練が行われる事もあります。

訓練の内容を見てみよう

訓練では、通報があった時から始まり、機関員(車両の運転手)の出場経路選定や、質量分析装置など特殊なNBC災害対応資機材の庁舎内からの持ち出しも行います。その後、車両に乗車前に防護服を迅速に着装します。また、防護服は一人で着装ができない為、隊員同士がお互いに協力して着装を行います。消防指令からの出場には、指令から1分で出場可能ですが、NBC災害の場合には着装などの事前準備が多い為、時間がかかります。それでも、5分以内には出場できるようにしています。

現場に到着すると、風上側から安全距離を取って進入準備を行います。機動救助隊が面体を着装している時に、部隊長付きの伝令はボンベの残圧などを記録します。これと並行して、機動科学隊は除染車の設定を行います。

その後、現場に侵入、要救助者を確保して担架に収容、除染作業に入ります。除染の際には、要救助者の脱衣の為にはさみを使いますが、このときはさみで隊員の防護服が切れてしまうのを防ぐために、オーバーグローブを着用して行います。除染が完了すると、救急隊が病院へ搬送します。

要救助者が心肺停止状態だった場合には、心臓マッサージなども実施します。その後、臥位除染ブースで除染を行います。もしも、要救助者に原因物質が付着して取れない場合には、ウエスで払拭→温水による水的除染を実施します。その後、試験紙を使用した上で、汚染なしと確認されると病院へ搬送されます。

その後、活動を終えた隊員たちも除染を行い、試験紙で足裏までチェックを行い、汚染なしが確認された上で、訓練終了となります。

まとめ

人類の持つ技術が進歩するとともに、人類を襲う災害も多様化してきます。原子力発電所の事故からより高度化が叫ばれるようになった消防のNBC災害対策ですが、今後も目に見えない脅威から、私たちも、そして活動する隊員も全員安全に助かる・助けられる技術が発展するようにと、願わざるを得ません。また、NBC災害に対応するだけでなく、一番大切なのはNBC災害が起きない事を念頭に置かなければいけません。
(文:千谷 麻理子)

本記事は、2017年10月4日時点調査または公開された情報です。
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