【塀の中のお医者さん】刑務所勤務医が不足する意外な理由

刑務所に勤務する公務員の医師がいるというのはご存知でしょうか?受刑者が怪我をしたり病気になった時、刑務官にとっても頼みの綱である医師たち。刑務所にとって必要不可欠な存在ですが、その刑務所のお医者さんは不足傾向にあるようです。その理由とは意外なところにもありました。


塀の中で受刑者が病気になったら刑務所のお医者さんだけが頼りです。行きつけの病院に行って診てもらうなどということは受刑者にはできないからです。自由刑(懲役刑や禁錮刑)の厳しさはこのようなところにもあるわけです。

刑務所は医師不足

しかし彼らの命の綱であるお医者さんが刑務所では不足しています。私も現役時代この医師不足には苦労しました。なかなか刑務所で働いてくれるお医者さんがいないのです。刑務所の場合、お医者さんがいないと刑務官は立ち往生してしまいます。

受刑者がけがをしたり、病気になったりした時に困るだけではありません。定期的な健康診断もそうですし、受刑者が暴れて保護室に入れた場合も医師のチェックを受けなければいけないと法律に書いてあります。刑務所は法務省の機関ですから法律は厳しく守らなければいけません。もちろん守りたいのですが、そのためには医師が要る。その医師が刑務所に来たがらない。とても困ったことなのです。

医学部を持つ大学や医師会にはそれこそ日参してお願いして回るのですが、ほとんど駄目です。昔なら白い巨塔と言われるほど大学教授の力が強かったので、その一声で若い医師が刑務所に派遣されたのですが、大学の改革に伴って教授の権限はとても弱くなったのだそうです。医師が「嫌です」と言えばそれでポシャン。

医師が刑務所勤務を嫌がる意外な理由とは?

お医者さんが刑務所を敬遠する理由はいろいろありますが、刑務所での勤務にウマミが乏しくなったということもあるようです。

昔は比較的「楽」だと言われていた刑務所勤務

実は、昔は刑務所の医師の勤務は比較的楽だったのですが、近年はそうでもなくなってきました。昔は診察時間(例えば午前10時)まで出勤すればそれで良しと思われていたのですが、公務員である以上勤務開始の8時半まで出勤すべしという批判が内外から寄せられるようになって、ルールが徹底されるようになりました。

ある意味当然のことなのですが、こんなことでも刑務所の勤務のうまみがないと思われるようになり、口コミで医師仲間に伝播されて刑務所の医師の成り手が少なくなることに拍車が掛かったようです。

受刑者からの医師への訴えが急増

それに、受刑者の人権が重んじられ、受刑者の訴えが激増していることもその一因かもしれません。医療に関しての訴訟や不服申し立てなどが多くなったのです。普通に診療していても訴えられ、関係機関から調べられたり被告人扱いにされたのではたまりません。これも嫌われる理由でしょう。

モチベーションにつながる感謝の言葉もなかなか聞けず

加えて、受刑者の中にはお医者さんに「ありがとうございました」などと言わないこともあります。これは多くの刑務所医師経験者から聞きました。そもそも社会性に問題のある「患者さん」が多いというほかに、自分が好んで診てもらいに来たわけではないという感覚があるのかもしれません。

また、診療は刑務所側の都合でやるのであって自分の必要でやるのではないといった感覚の受刑者もいます。これでは医師のプライドが傷ついたり、モチベーションが上がらないというのもうなずけます。

医師不足の一因「刑務所の医師は兼業禁止」というルール

もう一つ挙げれば、刑務所の医師になると兼業が禁止されるということも嫌われる理由のようです。刑務所の医師は公務員ですから、国家公務員法により兼業ができないのです。


例えば民間の病院に行って診療してアルバイトするとか、大学病院で診療の手伝いをするといったことができません。多くの刑務所医師はこれを嫌います。何もお金が欲しいわけではなく、なるべく多くの診療経験を積みたいのです。刑務所にいるとそれができない。男の刑務所には女性はいませんし、子供もいない。限られた人間の診療にしか当たれない。

しかも大学病院での研鑽にも参加できないとなると先進的な医療の知識や技術の習得もできず、ほかの医師たちとの技量差が生じてしまう。いいことはない、というわけです。

兼業禁止は規制緩和されたけれど…

この兼業禁止については最近法律が改正になって緩和されたようですが、根本的なところで刑務所が嫌われる面が変わるわけではないので、刑務所の医師不足はなかなか改善されないのではないかと心配しています。

お手本にしたいドイツの刑務所内の勤務医事情

それでは絶対無理かと言いますと、欧米の中には何の問題もなく刑務所に安定的に医師が確保されている国もあるので、日本も同じようにすれば解決する可能性があります。

例えばドイツです。ドイツでは、医師が働ける場所や人数が地域割りされているのだそうで、日本のように医師が好きな町や場所を選んで開業したり勤務医師になったりすることはできないということです。あらかじめ地域ごとの医師の配置人数が決まっており、空席ができた所にだけ新しい医師が配置されるという構造です。

ですから日本のように僻地に医師がいなくなるといったこともないし、その地域に在る公的施設が医師不足で困るということも起きないのだそうです。

つまり、例えばある町に刑務所があったとして、その地域に医師が配置されれば、その医師は義務として刑務所の医療にも携わるということになっています。これは刑務所にとって大いに助かる制度です。

医師は「公共財」

ある大学病院に医師の派遣をお願いしにいった時、その医学部長さんが言いました。

「医師は公共財です。みんなの財産です。だからみんなで活用すればいい。それがしにくい制度があるとすれば、その制度の方を変えるべきでしょう。」

そのとおりのような気がします。ドイツはまさにそれを実践しています。日本も早くドイツ方式を採り入れてほしいものです。そうなれば受刑者も安心できますし、刑務官も安心できます。(小柴龍太郎)

本記事は、2017年12月30日時点調査または公開された情報です。
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