本部勤務とは?
本部勤務とは、司令部勤務と実戦部隊の本部実務を行う部署での勤務を意味し、方面総監部、師団司令部、旅団司令部、連隊本部など隷下部隊を指揮する部署での勤務は本部勤務です。
また、野外勤務では、文書実務を伴わない野戦の実行動でも本部勤務はあります。例えば攻撃中の中隊本部は、ほとんど無線及び優先で各小隊等を指揮します。その場合でもれっきとした本部勤務です。
ここで紹介する本部勤務とは、文書実務を主体とした本部勤務を紹介します。
『師団等の各司令部』及び『隊本部』の主要な機能は、一部(一科)「総務・人事」、二部(二科)「情報・通信」、三部(三科)「訓練・作戦」、四部(四科)「兵站・補給」の4つが基本です。
師団、旅団以上の大きな組織になると各部の機能が専門化して、『総務』、『人事、』、『広報』、『監察』、『医務官』、『法務官』などの専門分野が独立したり付属します。逆に、大隊・中隊・小隊など小さな組織になると複数の機能をかけもち、あるいは無くなる機能があります。
その場合でも4つの基本的な機能は無くなりません。科が違えば業務の進め方が違いますが、基本的に本部勤務の業務の進め方には共通部分があります。陸曹の場合は勤務経験の長い自衛官が本部勤務をする事が多いのですが、幹部自衛官は幹部任官と同時に本部実務をする場合が多いです。
今回は、本部勤務(実務)の具体的な仕事の進め方、業務の流れについて例を挙げて解りやすく解説して行きましょう。
陸上自衛隊の部課(科)の名称は、総務・人事を担当する部署を例に挙げると『旅団』までは『1科』と呼び、『師団以上』の大きさになると『1部』と名称が変わります。
職位機能組織図を確認する
本部勤務をする場合、最初に把握しないといけないのは自分の所属している『部課の編成』と『自分の任務』を把握する必要があります。それを理解する為に、確認しないといけないのが『職位機能組織図』です。
『職位機能組織図』は、どの部隊のどの部署でも必ずあります。まずそれを確認します。例えば配属された部署が師団の第1部だとすれば、その中には人事班、総括班などの部署があります。
それらを一覧表にした職位機能組織図を見れば、誰が自分の直属の上司か、また役職の序列や関係が一目で解ります。また、階級と役職の関係も早いうちに理解できます。
例えば、陸上自衛隊で『班長』と言えば、通常は陸曹の事で階級は準陸尉~3等陸曹までの自衛官を指します。
班長を、役職で見ると『小隊長・小隊陸曹・分隊長・営内班長』などと言うのですが、自衛隊の役職で『総括班長』『人事班長』『広報班長』という役職は、同じ『班長』でも幹部職です。
つまり同じ『班長』でも『階級の総称』としての呼ぶ場合の班長は陸曹の事ですが、『役職』での班長は、幹部自衛官です。これらの違いは言葉で理解しようとすると、ややこしく感じますが職位機能組織図を見れば、その違いが簡単に解ります。
また、職位機能組織図には、自分の任務も記載されているので自分の担当業務は何かを知る事が出来ます。したがって本部勤務を命じられた場合、真っ先に、職位機能組織図を確認して自分の任務を確認する必要があります。
自衛隊における役職について
自衛隊における役職は、一般企業の役職名とは異なる点があります。
陸上自衛隊の『第1部長』と、一般の会社の『部長』は、同じ部長でもそれぞれの組織における地位と役割は異なります。まず『会社組織』における、社長、常務取締役、専務、部長、課長、係長というのは、会社員の役職を指しており、会社での地位を表します。
こと自衛隊においては、部長や課長という役職に「第1部長」「第1課長」と数字が付属します。これは、一般の会社は営業部長、広報部長という業種と部長が一緒になりますが、自衛隊の部課は、基本的に1、2、3、4の4つカテゴリーしかありません。これによって組織を簡素化しているのです。
一般の会社でいう庶務は1。総務も1。行事も秘書課も人事も自衛隊では1のカテゴリーの隊員が処理します。同様に、一般の会社の整備部は4。資材部も4。倉庫も4。食堂も4。調達も4。輸送も4です。営業は3、広報は1と3、渉外担当は1と3です。とにかく1~4に当てはめて迅速に処理しろ!という訳です。
さらに一般の会社の部長と、第1部長との違いを解りにくくしているのは「階級」です。
自衛隊の『階級』と『役職』はリンクしています。第1科長に任命される自衛官は、1等陸尉から3等陸佐までの自衛官と任命される階級が指定されています。同様に自衛隊の役職にはすべて『階級により適任者』が決まっています。極端な例を言うと3等陸曹が第1部長になることは絶対にありえません。連隊の第3科の最上位者は、第3科長で、第3部長は2等陸佐か3等陸佐が任命されると決まっています。これが師団になると、第3部長になりますが第3部長は、一等陸佐か2等陸佐から任命されます。
一般企業の「課長」と自衛隊の「課長」の違い
一般の会社で「課長」と言えばだれでも重役では無いと解ってます。ところが自衛隊の「広報課長」というのは3等陸尉~3等陸佐の階級で、幹部から高級幹部の階級の自衛官が任命されます。つまり階級的には上位者です。これを理解するには、階級を詳しく知っていないとどれくらい偉いのかピンとこないと思います。
小隊長は、3等陸尉から~1等陸曹の自衛官が任命されますが、小隊長の場合部下は38名です。(完全編制の場合)部下の人数は、一般の会社の課長より多いのではないでしょうか? しかし、一般の会社の課長と小隊長とどちらが上かと言われれば比べようがありません。
ただし、各県知事と旅団長(将または将補)が同格と言われていますが、これは社会通念ではありません。あくまで儀礼的な認識です。
第1部長、第1科長と言うのは自衛隊独自の役職「ものさし」と思って頂いた方が良いでしょう。もっとも簡単な捉え方は、第1部長、第1科長と言う役職は、自衛隊と言う組織の中では、階級上位者であり、幹部や高級幹部が任命される役職です。
第1部長(階級は1等陸佐~2等陸佐)は、幕僚なので直接指揮をできる部下を持っていません。せいぜい多くて22名ぐらいです。ところが連隊長(1等陸佐)は部隊長なので、指揮できる隊員は480名程度です。一般の部長よりも人数から見れば偉いと思います(笑)。第1部長と連隊長は階級的には、同格ですが連隊長の方が格上です。(指揮官ですから)
というわけで自衛隊の場合、階級を深く理解すれば役職が解って来ます。全ての役職に、階級が指定されているからです。
自衛隊の階級についての詳細は、『【自衛隊の階級は何種類?】自衛隊における階級制度を解説』記事をチェックしてみてください。
関係法令はなにかを知る!
自衛隊での勤務の基になる法令は自衛隊法ですが、日常の勤務で本部勤務者の勤務のよりどころになるのは、自分の業務に直接関係する『関係法令』と上級部隊から発刊された『命令文書』です。
関係法令は、所属部課によって違い、その中身を熟知するのは大変ですが、どの業務をする時は、どの法令を見れば良いのかは知っておく必要があります。例えば第3科の訓練幹部、訓練陸曹の場合なら『教育訓練実施規則』を知らないで業務を円滑に進める事は出来ません。
第4科の補給幹部、補給陸曹の場合ならば補給管理規則などが基になります。またそれらの法規類だけでなく上級部隊の『一般命令』、『日々命令』、『個別命令』『通達類』も業務を進める為の『根拠文書』になります。
陸上自衛隊の仕事は慣例でやっている業務は無く、必ず根拠となる法令、命令文書に従って業務をしているのです。
命令作成は仕組みを知れば簡単
陸上自衛隊の命令は、その流れと仕組みを知れば思ったよりも簡単に作成する事が出来ます。ただし命令自体の内容が膨大にある場合、その『調整業務』は相当な苦労を必要とするものが多いです。
思ったよりも簡単に作成できるのはなぜかというと、『目的』『主要演練項目』『趣旨』『ねらい』などの命令文書の大きな要素について、頭を悩ませて起案する(草案する)必要はないからです。
なぜなら、本部勤務は多くの場合、上級部隊からの命令を受けて業務を実施します。その命令に基づいて命令なり通達類を発簡するのですが、経験の少ない本部勤務者は、試行錯誤して隷下部隊に対する命令文書を作成します。
ところが、自分の頭で考えてオリジナルな文章を作成した時点で大きな間違いを犯しているのです。自衛隊の命令は形態模写、つまり『物まね』で正確に意思を伝えるジェスチャーと同じです。
上級部隊の命令に解釈を入れてしまうと意味が変わります。意味が変わると命令の『意図』が変わってしまいます。命令と号令の違いは指揮官の意図が含まれているかどうかによって区別されます。
命令には発令者の意図が含まれているので、その意図をみだりに自分の解釈で変えてはいけません。つまり、そっくりそのまま「コピー」するのがベストです。
命令の目的は変えてはいけない
簡単なシュミレーションをしてみましょう。方面総監部から隷下部隊の師団司令部に一つの命令が出されます。仮に『中部方面隊中級陸曹集合訓練の実施に関する通達』という通達(命令文書)が発令されたとします。
その通達を受領した師団司令部の訓練幹部は同趣旨の通達を師団隷下の部隊に発令します。この場合、表題について難しく考える必要はありません。そっくりそのままコピーするだけでいいのです。
表題・標題・タイトル(同義語)
命令文書、通達などの行政文書のタイトルの事で陸上自衛隊では『件名』と言います。(以後、文中では文章のタイトルの事を件名と呼びます。)
コピーする際は件名の『中部方面隊』を『師団』に置き換えるだけです。したがって件名は『〇師団中級陸曹集合訓練の実施に関する通達』となります。師団の通達を受けた連隊の訓練幹部も同じです。
次は『第〇普通科連隊中級陸曹集合訓練の実施に関する通達』という事になります。連隊で行う集合訓練ならば連隊本部第3科が企画運営します。ただし、中隊単位で行う場合は、さらに連隊から各中隊に一般命令又は通達が発令されます。
このように同じ命令を忠実にリレーするのが指揮命令系統の流れに沿った自衛隊の業務の進め方です。
マンパワーが基本
自衛隊の仕事は、つまるところマンパワーの仕事です。単純に総括するのは本部勤務者が、一番苦労するのは人員の確保です。次に苦労するのが場所の確保、次に物品の確保です。
なぜ人員確保が大変かと言うと本部勤務者は『幕僚』なので指揮権がありません。つまり、自分の部下を持っていないのです。実戦部隊の最先端の分隊・小隊などは、指揮官が直接部下を指揮します。あるいは中隊長が中隊を指揮する場合も実員指揮できます。つまり自分の部下を持っているのです。
ところが、『連隊本部の訓練幹部』は、連隊長の幕僚ですが隷下である各中隊は訓練幹部の部下ではなく、各中隊長の部下になります。これが、指揮権があるかないかの違いになります。
指揮権とは『直系の命令系統を言います。』これを、家庭に置き換えると、家庭の場合、お父さんやお母さんは連隊長、子供は中隊長、孫は中隊の班員とします。連隊本部の訓練幹部は『幕僚』でおじさんです。
幕僚(おじさん)は連隊長(父母)の側近という事になります。連隊の幕僚が出す命令は全て連隊長名で出します。つまり形式的には連隊長が命令を出しています。幕僚には指揮権が無いからです。
家庭で言えば父さんと母さんは、子供に命令できますが、おじさんは子供にアドバイスは出来ますが命令が出来ません。これが指揮官と幕僚の違いです。幕僚は中隊長の同意が無いと自由に隊員を動かせないのです。
隊力管理が重要なのか
本部勤務をするにあたって隊力管理はとても重要です。例を挙げるとよくあるミスは所属人員で計画を立ててしまいがちです。例えばある連隊の所属人員が500名とします。
行事を担当する第1科で記念日行事を企画します。各中隊所属人員の20%を勤務員として差し出せと言う命令を作ったとします。同じ時期に情報を担当する第2科で秘密保全教育の計画を作成して各中隊10%の参加を求める計画を作ります。
同様に訓練を担当する第3科で演習場整備の整備計画を作成して各中隊30%の参加、補給整備を担当する第4科で不発弾処理教育の計画を作成して各中隊10%の参加を計画したら、各中隊は実員がマイナスになります。
なぜなら各中隊は、特別勤務、業務支援など所属人員から常時上級部隊に支援人員を出しているからです。つまり、何をやるにしても『人員の競合が頻繁に発生しやすいのが自衛隊の業務』です。
この為、自衛隊の本部勤務では第3科の業務が他の科に『優越』しています。その理由は人員を管理する『訓練』すなわち隊力管理を担当している部署だからです。したがって第1科で勤務していても第4科で勤務していても計画を作成する時に訓練幹部と調整する作業は必要です。
何を調整するのかと言うと訓練計画や業務予定表で各科の訓練・行事などの競合が無い事を確認します。訓練は自衛隊の業務の中核を為す重要な部署なので、訓練幹部に業務予定を確認すれば業務の競合が起きないように計画を作ることが出来ます。
師団、旅団など部隊の大きさに関わらず実員の現況を一番正確に把握しているのが『3科』です。したがってまとまった人員を必要とする計画を立てる場合、第3部長又は第3科長及び訓練幹部と調整しないで業務を勧めては行けません。
4つの機能をチェックする
基本的にどこの科でも同じですが何らかの計画を作る場合、第1科、2科、3科、4科の視点で計画をチェックする必要があります。そのうえで各科の担当者と個別調整をします。簡単な例を挙げると記念日行事の訓練展示を計画したとすると第1科の視点で案内状を出しただろうか、など1科関係の部分をチェックします。
同様に第2科の視点で警備についての計画は含まれているかどうか?第4科の視点で模擬戦闘訓練に使う空包、燃料の計画は含まれているか?など4つの機能についてチェックしながら計画案を作れば計画の内容に漏れはありません。
競合と必要な項目の漏れが無いのを確認して場所の確保が必要な場合は速やかに場所を確保するようにします。次に物品の確保です。つまりどこの科が計画を立案しても4つの機能をクリアしているかどうかのチェックは必要です。
調整は『担当者案』で行う!
各科あるいは計画に関係する部署とどのように調整すればいいか?その為に必要な資料は『担当者(案)』です。担当者案は決定事項ではなく仮置きの計画なので調整の際の辺りはソフトです。
自衛隊用語では別名『叩き台』と言われます。つまり比較検討・分析する為の資料と考えていいでしょう。対案が無ければ議論も出来ないという論旨と同じです。
担当者案で各科と調整する場合のスタンスは「この案で、もし計画を実行したら対応可能でしょうか?」という意向打診のスタンスです。いきなり実行計画を作成して調整したら『なんの相談も無しに勝手にやるなよ』という事になります。
それを緩和するのが(案)という魔法の言葉です。○○〇実施計画(案)でも良いのですが、その場合は、たとえ(案)だったとしても、通常、直属の上司がその案を承認しているという事になります。
これに比べて担当者案は、私個人の草案ですと言う意味なので、色々な意見交換がやりやすいのです。『担当者案』で、各科の関係者に大まかな了解を取り付けておいて実施計画(案)を作成します。大きな規模の計画であれば早期に実施大綱(案)を作成しますが、いずれにしても最初は担当者案で打診するのが賢明です。
そして計画(案)で決裁を貰えば、案という文字を消去すれば、計画の完成です。計画作成のコツは一度「全部作ってみる」事です。そうしないとシュミレーションする事が出来ません。
その最初の草案を分析して、担当者案を作って、日程、人員、場所、資材などの調整を勧めます。
まとめ
本部勤務を始めてやる場合、前任者に職務のやり方について申し受けをしますが往々にして言われたことをうのみにしがちですが、基本は実施する場合の『根拠』をハッキリと知る事です。
自衛隊の計画は『なぜやるのか?』『どうしてそれをするのか?』という疑問に対してどの計画を作る場合でも必ず答えがあります。その答えが計画を進める場合の『根拠』となります。つまり業務をやる場合の拠り所となるのです。
例を挙げると陸上自衛隊の各師団、旅団等では年に一回、殉職隊員の追悼式を行っています。その際、例えば部隊長から「今年度は忙しいのに、どうしてもやらないといけないのか?中止にできないか?なぜやるのか?」と問われた場合、追悼式の企画立案を担当する自衛官はなんと回答したらいいのでしょうか?
例1 前任者から1年に1回するように申し受けています。
例2 職位機能組織図で担当するのは私の任務です。
いずれの答えも不正解です。追悼式を必ず実施しないといけない根拠にはなりません。
正解は『方面通達により1年に1回各師団で殉職隊員追悼式を実施する事になっています。』です。
つまり、上級部隊の命令で1年に1回実施するように命令されています。という回答が明快な実施の根拠です。たとえ師団長と言えども方面総監の命令には従わなければ行けません。なお、その際、実際の通達文書を携行しておけばさらにベストです。
また法令などが根拠になる場合もあります。例えば補給整備検査をすることになった場合、4科の補給幹部など計画を作成する場合、どうしてその検査をするのか?という根拠を知らないで計画を立てるとよりどころを失います。
上級部隊からの命令、あるいは関係する法令などに必ず規定があるので、まず実施の為の根拠を調べてから計画を作成すれば間違いありません。
また逆に実施してはいけない根拠も同様です。教育訓練実施規則などで、実施できないと規定されている事は出来ません。陸上自衛隊の業務は出来る事も出来ない事も文章で必ず規定されているという事を知っておきましょう。
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