刑務官が読む機関誌「刑政」(矯正協会発行、2018年3月号)に掲載された記事から興味深いものを紹介します。
今回は、「矯正の回顧」です。
「矯正の回顧」とは
「刑政」では毎年1回、前の年の主な動きを整理して「矯正の回顧」と題する小論を掲載しています。
約30ページに及ぶものなので、一般の刑務官が読むにはエネルギーが要るかもしれませんが、自分が属している組織の1年間の重要事項がこれで一覧できるのですから、とても価値のあるものだと思います。
また、この回顧は、大学の研究者などにとっても貴重なものでしょう。
今回は、昨年(平成29年)の動きの中から、私が特に興味を抱いた所を紹介します。
「再犯防止推進計画」を閣議決定
まず、再犯防止に向けた取組が精力的に行われたことです。
つまり、国会で平成28年12月に可決・成立した「再犯の防止等の推進に関する法律」を受けて、政府としては「再犯防止推進計画」をつくることになったのだそうですが、実際に動く省庁としては当然法務省が中心になるわけです。
そこで、法務省は、他の関係省庁なども招いて昨年1年間において9回の検討会議を行って、年末(平成29年12月)にこの「再犯防止推進計画」が閣議決定されるまでに漕ぎつけたということです。
閣議決定というのはとても重いものです。政府として、責任を持ってこれをやっていくことを決意したということですし、それを内外に明らかにしたわけですから、それができなかったらそれこそ責任問題になるわけです。
そしてその中心が法務省であり、もっといえばその中心が矯正局ですから、矯正局とすれば、それこそ重い荷物を背負ったことになります。
でも、私は、これを前向きにとらえてほしいと思っています。矯正の仕事は、悪いことをした人を刑務所等に収容して、社会正義を全うすると同時に少なくともその収容期間中は国民が犯罪被害に遭わないようにすることです。
そして同時にもう一つ、受刑者等が出所してからも、再び犯罪をして国民を泣かすようなことはしないように再犯防止指導などを徹底することです。
いわば、矯正の仕事の後半部分(再犯防止)が法律で明確にされ、閣議決定によって政府の仕事として確定したわけです。大変な仕事ですが、重要な仕事だということがこれだけ鮮明になったのは過去になかったことではないでしょうか。
ですから、ここは上から押し付けられたという被害感を持つのではなく、誇りに感じて前向きに受け止めてほしいと思います。カッコ良く言えば「矜持(きょうじ)」っていうやつですね。
女子刑務所長協議会が開催される
平成29年7月に法務省で女子刑務所長だけの協議会が開催されたとのことです。これは、女子刑務所での勤務経験がある私としてはとてもうれしいことですね。
それだけ法務省(矯正局)が女子刑務所のことを重要視し始めたことの証拠ですから。そして、法務省で開催されるということは、今後とも定期的に開催され続けるということです。単発では終わらない。そういうものです。
そして、継続されるということは、女子刑務所の意見が法務省(矯正局)の施策に反映されていくということです。これがうれしい。
女子刑務所というのは数が少ないものですから、職員は広域異動になります。つまり、一般職員としての刑務官でも、管区の枠を越えて異動することが少なくないのです。
栃木刑務所で勤務していた女子刑務官が次の年に和歌山刑務所で勤務することになる、といったことがありますが、男子刑務官ではまずこのようなことはありません。
管区の境を越えて異動するということは、人事担当者もほかの管区と情報交換してやらなければならないということです。これが結構面倒なことなのですが、法務省で所長協議会をやるとなると、この機会を通じて、管区を越えた全国的な人事異動計画もスムーズに検討できるようになると思うのです。
例えば、会議の席でたまたま隣同士になった女子刑務所長二人が会話して、
「来年、一人ずつ交換しませんか?」
「いいでしょう!」
これで、女子刑務官の異動がスムーズに決まるわけです。
もっとも、正式にはいろいろと手続が必要ですが、両方のトップの話がついていれば格段に事務処理は速く、スムーズになるのです。
受刑者の収容調整もそうです。困った受刑者がいて、自分の刑務所にこれ以上長く置いておくわけにはいかないなどと悩んでいる刑務所長がいたら、その協議会の機会に率直にほかの女子刑務所長と相談し、受けてくれる所長がいたら、矯正局の了解を得てスピーディに話がまとまる、なんてこともできそうな気がします。
そんなこんなことも含めて、このような協議会が開かれるようになったということは、女子刑務所にとって、ひいては女子受刑者にとってもきっといいことだと思うのです。
刑事施設視察委員会が変わらず活発
最後にもう一つだけ。
刑事施設視察委員会のことが紹介されていましたので、これについても触れます。
刑事施設視察委員会とは、刑務所に関する基本法がおよそ百年ぶりに抜本改正された平成18年に誕生したものです。その使命は、簡単に言えば、民間人の目で刑務所をチェックすることです。
とかく「密室」と言われる塀の中にサーチライトを持ち込み、隅から隅まで照らし出し、第3者的な視点から問題がないかどうかをチェックするのです。
それを効果的にするためにという観点から、選ばれる委員さんたちは刑務所とは全く関係のない方々です。例えば弁護士さんだったり大学の先生だったり、あるいはお医者さんだったり町内会の役員さんだったり、という具合です。
私もこれらの皆さんに刑務所の現状を説明したり、塀の中を案内したりしましたが、最初の頃はとても緊張しました。
何といっても、受刑者の声を直接聞き(刑務所側は立ち会ったり、手紙の中を見ることができない)、刑務所の中をくまなく見分して、その結果と意見を法務省に直接言えるからです。何を言われるのかビクビクもんでした。
案の定、受刑者はあることないことを委員会に申し立て、その事実関係について委員会は刑務所を問い質します。刑務所はまるで被告人みたいなものでした。
これに相当の時間・労力を割かざるを得なくなったのも閉口ものでした。
また、ある時は、「受刑者の1日中の動きを全部見たい」と言ってきて、早朝から翌日の朝まで(つまり夜通し)、24時間かけて刑務所の実態を調査したりもしました。
これは双方とても大変でした。委員さんたちはもちろんですが、刑務所側からすれば、その委員さんの安全を守らなければいけませんので、職員を増配置したりしなければならなかったからです。
でも、この日を境に委員さんたちの雰囲気が変わっていったように思います。
(どうやら刑務所は結構まじめに仕事をしているようだ。)
(受刑者は別にひどい扱い方などされていない。むしろ刑務官の方がかわいそうだ。)
(受刑者の中には全く事実と反することを自分に都合の良いように話す者が多い。)
そのように感じ始めたようなのです。
当時、刑務所には改革が必要だと主張していたコワモテの弁護士さんも、私たちの苦労をねぎらうような発言をするようになりました。これには何が起きたのかと私たちの方がびっくりしました。
今回の「矯正の回顧」を見ていて、そんな過去のことを想い出したのですが、その視察委員会から、昨年度1年の間に582件の意見が法務省に提出されたということです。
依然として多い数ですが、その中には「刑務官が少なすぎて大変だから増員しろ!」といったものも含まれていますので、全部が全部刑務所を非難する内容ではないようです。
これらの意見とこれに対して法務省が採った措置などはすべて公開されていますので、誰でも見ることができます。
ということで、このような仕組みになっているので、視察委員会ができたことによって塀の中はずいぶん国民に対して開かれてきたと思います。視察委員会への対応は刑務所にとっては今でも大変でしょうが、引き続き誠実に向き合って対応してほしいと思います。
それは結局「開かれた刑務所」の担保にもなっているからです。刑務所が国民に理解され、国民から支えられるようにするためには、このような分野でも汗をかかなければならないのです。受刑者と向き合うことだけが刑務官の仕事ではありません。そう思います。
(文:小柴龍太郎)
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