政令指定都市シリーズ第6回「川崎市」について

地方自治体特集「政令指定都市」シリーズ、第6回は「川崎市」です。

「川崎市」といえば、川崎フロンターレのJ1リーグ優勝や、富士通フロンティアーズがライスボウル2連覇を果たすなど、スポーツチームの活躍が目覚ましいことで知られていますね。そんな「川崎市」とはどんな都市なのか解説します。

「川崎市」について

神奈川県「川崎市」は、県の北東部、最東端に位置し、多摩川を挟んで「東京都」と隣接しています。県内では唯一、「横浜市」と隣接し、東部は東京湾に面しています。面積は、約144平方キロメートルで「政令指定都市」の中では最も小さいですが、人口は2018年12月の時点で約152万人と、神戸市に次いで国内7番目で、非都道府県庁所在地の市では、最大かつ唯一100万人を超えています。

また、「川崎市」には、現在7の行政区(川崎区、幸区、中原区、高津区、宮前区、多摩区、麻生区)が置かれています。川崎駅(川崎区)から離れた多摩川周辺にはのどかな田園風景が広がる一方、丘陵部には新興住宅地、東京湾岸の埋立地は大規模な重工業地帯となっています。それぞれの区が東京の「衛星都市」としての位置付けで、単体の市としての一体性はあまりないと言われています。

▼参考URL: 川崎市のホームページ
http://www.city.kawasaki.jp/

「川崎市」の成り立ち

「川崎市」の誕生は、大正時代に遡ります。関東大震災翌年の復興の最中だった1924年に、「川崎町」、「御幸村」、「大師町」が合併して市制が施行され、人口約4万8千人の「川崎市」となりました。明治・大正期には、「川崎駅」周辺で急速な都市化が進みました。

その後、昭和に入ると、現在の東急東横線、JR南武線、小田急小田原線、東急田園都市線が相次いで開業し、沿線には住宅地や工業地が展開していきました。

その後、1957年には、市北西部が首都圏のベッドタウンとして人気を博し、人口が50万人を突破しました。そして、1972年4月1日に非都道府県庁所在地としては「北九州市」に次いで「政令指定都市」になり、5つの区(川崎区、幸区、中原区、高津区、多摩区)が置かれました。

その10年後に、「高津区」と「多摩区」が分区して、新たに「宮前区」と「麻生区」が加わり、現在の7区になりました。

2017年4月には人口が150万人を突破し、現在も増え続けています。

川崎市長「福田紀彦」(ふくだのりひこ)さんはどんな人?

2013年から川崎市長を務める「福田紀彦」さんは、1972年4月20日に川崎市で生まれました。中学校を卒業後、父親の転勤でアメリカに移住して高校・大学時代を過ごし、帰国。その後、衆議院議員秘書として政治の世界に入りました。神奈川県議会議員などを経て、第12代の川崎市長となり、2期目になりました。

福田市長が政治家を志したきっかけは、アメリカ生活の中で感じた、市民の政治に対する姿勢でした。「国が何をしてくれるのかではなく、貴方が国に何ができるのかを問うてほしい。」というケネディー大統領の就任演説の一節に奮い立たされたそうです。

▼参考URL:川崎市長公式Webサイト
http://fukuda-norihiko.com/

「川崎市」の行政プラン

「川崎市」の行政プランは、「成長と成熟の調和による持続可能な最幸のまち」を目指して策定されています。具体的に、下記の5つの基本政策に沿って、まちづくりが進められています。

1) 生命を守り生き生きと暮らすことができるまちづくり
2) 子どもを安心して育てることのできるふるさとづくり
3) 市民生活を豊かにする環境づくり
4) 活力と魅力あふれる力強い都市づくり
5) 誰もが生きがいを持てる市民自治の地域づくり

こうした「最幸のまち かわさき」の実現に向け、行政は、運営の基本方針である「対話」と「現場主義」を実践し、「全ては市民のために」を基本に都市運営を展開しています。

まとめ

以上、地方自治体特集「政令指定都市」シリーズ、第6回は神奈川県の「川崎市」についてご紹介させていただきました。

本シリーズの他の都市は下記よりご覧いただけます。

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本記事は、2019年2月13日時点調査または公開された情報です。
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