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【地方自治体】中核市シリーズ第2回「函館市」について

地方自治体特集「中核市」シリーズ、第2回は「函館市」です。

北海道にある「函館市」は人口は現在、約26万人と兵庫県加古川市に次いで国内84番目です。

そんな「函館市」とはどんな都市なのか解説します。

2019年10月09日更新

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目次
「函館市」について
「函館市」の成り立ち
函館市長「工藤 寿樹」(くどう としき)さんはどんな人?
「函館市」の行政プラン
まとめ

「函館市」について

「函館市」は、北海道南端の渡島半島の南東部に位置する中核市です。東・南・北の三方が太平洋と津軽海峡に面し、函館港を介して北海道と本州を結ぶ交通の要衝、道南地域の中心都市として発展してきました。

「函館市」の現在の人口は約26万人で、札幌市、旭川市に次ぐ、北海道第三の都市です。また、2014年の市町村魅力度ランキング調査で1位になるなど、毎年500万人近くの観光客が訪れる観光都市になっています。さらに、「函館市」の産業は、観光業の他に、水産業や食品関連産業、医療福祉に注力しています。一方で、人口の減少が著しく、2014年(平成26年)4月から、市域の全てが「過疎地域」に指定されています。

最後に、「函館市」の気候は、暖流の対馬海流の影響を受ける海洋性気候で、北海道内では比較的降雪量が少なく穏やかな気候です。

>函館市のホームページ
https://www.city.hakodate.hokkaido.jp/

「函館市」の成り立ち

「函館市」の成り立ちは、1922年(大正11年)8月1日の市制施行にさかのぼります。かつては、北海道最大の人口を有し、1914年(大正3年)に10万人を超え、1933年(昭和8年)には国内9番目となる約22万人の人口を誇っていました。

その後、1940年(昭和15年)に札幌市の人口が上回り、1965年(昭和40年)までに旭川市の人口も「函館市」を超えました。1973年(昭和48年)には人口が30万人を突破しましたが、漁業の衰退と青函連絡船の廃止が影響して人口が減り、1995年(平成7年)には30万人を下回りました。

そして、2000年の国勢調査では人口が30万人を超えていたことで、2005年(平成17年)に中核市に移行しましたが、2005年の国勢調査では30万人を割っていました。2014年(平成26年)には、函館市全域が過疎地域に指定されました。

また、「函館市」の名前の由来は、室町時代に津軽の豪族が漁村に館を建て、この館が箱に似ていたことから「箱館」と呼ばれるようになりました。その後、明治2年(1869年)に蝦夷が北海道になったと同時に、箱館も「函館」と改称されました。

函館市長「工藤 寿樹」(くどう としき)さんはどんな人?

2011年4月から函館市長を務める「工藤寿樹」さんは、1949年11月26日に北海道乙部町で生まれました。大学卒業後、亀田市役所(現在の函館市役所)に就職し、財務部長、企画部長、副市長を経て、第9代の函館市長となり、2期目になります。

>函館市長公式ホームページ
http://www.kudoh-toshiki.jp/

「函館市」の行政プラン

「函館市」の行政プランは、「活気に満ちたまち,歩いて楽しいまち,訪れたくなる美しいまち,住む人にやさしいまち」を目指し、以下の4つを主要テーマとしてまちづくりに取り組むとしています。

1) 交流人口の拡大
2) 若者の雇用創出
3) 少子化対策
4) 高齢者の安全・安心

また、ポスト新幹線時代において、以下の4点について重点的に取り組むとしています。

1) 「ガーデンシティ函館」の実現
2) 「食の産業化」の推進
3) 「フェスティバルタウン」の形成
4) 陸・海・空の交通の有機的な活用

まとめ

いかがでしたか?

地方自治体特集「中核市」シリーズ、第2回は「函館市」についてご紹介させていただきました。

本シリーズの他の都市は下記よりご覧いただけます。

https://koumu.in/tags/460

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