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災害派遣医療チーム「DMAT」「DPAT」とは?誕生の経緯と活動内容

地震を始めとして台風や竜巻、大雨や津波など、災害大国である日本で私たちは暮らしています。そして多くの災害を経験した国民だからこそ、災害に対する対応力も高く、多くの機関が存在しています。今回は、その中の一つ、災害現場で活躍する医療チーム「DMAT」「DPAT」の発足の経緯や活動内容について解説します。

2017年10月19日更新

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目次
災害医療の専門チーム DMATとは
「がれきの下の医療の誕生」 DMATはなぜできたか
災害現場におけるDMATの活動
DMAT隊員になるには?
DMATがモデル 災害派遣精神医療チーム「DPAT」とは
まとめ
災害派遣医療チーム「DMAT」「DPAT」とは?誕生の経緯と活動内容

災害医療の専門チーム DMATとは

災害大国日本が誇る、災害派遣医療チーム

日本で大規模な災害や事故が起きると、多くの負傷者が発生します。ですので、当該箇所の自治体の医療機関のみでは人員も資材も不足してしまいます。また、命に別状のない怪我の患者でも、必要な治療を受けずに時間が経過すると、症状が急変する可能性もあります。その為、災害現場では、一刻も早く人命を救出救助するとともに、必要な医療措置を行わなければいけません。

災害の発生現場において、およそ災害発生から48時間以内に活動できる専門的な訓練を受けた医療チームの事を、災害派遣医療チームと呼びます。” Disaster Medical Assistance Team”の略語で「DMAT」(ディーマット)とも呼ばれています。

普段は指定医療機関のスタッフとして働いている

DMATは、医師や看護師、業務調整員(救急救命士や薬剤師などの医療職および事務職)で構成されている医療チームです。DMATに登録している医療従事者は、常日頃からDMAT隊員としてのみの活動をしているのではなく、あくまで大規模な災害時や該当している自治体での災害や事故の際にDMATとして招集され、現場での活動をします。その為、普段はDMAT指定医療機関において、医師や看護師として通常の医療機関に勤務する医療従事者と同様に働いています。

DMATは要請があれば、すみやかに被災地や事故現場まで駆け付け、各行政機関、消防、警察、自衛隊と連携をとりながら、救助活動とともに医療活動を行います。DMATは、基本的に1チームおよそ5人(内訳は医師1人、看護師2人、事務など2人)で編成されていて、現場には3日から1週間程度の滞在で派遣され、活動を行います。

日本におけるDMATは大きく分けて2つある

日本に「DMAT」と呼ばれる災害派遣医療チームは、大きく分けて「日本DMAT」と「都道府県DMAT」が存在しています。

▼厚生労働省発足の「日本DMAT」
日本DMATは、厚生労働省が2005年に発足した、国の組織であるDMATです。大規模な災害が発生した時には、国からの要請を受けて全国にチームとして派遣されます。

▼都道府県DMAT
東京DMATや神奈川DMAT、大阪DMATなど各都道府県ごとに組織しているDMATもいます。実は、DMATという組織の中で一番早く設置されたのは、日本DMATではなく東京DMATで、2004年に日本で最初のDMATとして発足されました。

都道府県DMATは、主に管轄の都道府県内の災害に対して、消防と連携して活動を行うことを目的としているDMATです。

両方のDMATに登録している医療従事者も少なくない

ちなみに、両方のDMATが対立している、という訳でなく訓練なども合同に行っており、大規模災害の時にはお互い連携を取って活動にあたっています。

また、日本DMAT、都道府県DMATの両方に登録する事もできますので、両方のDMATに登録し、都道府県と国の両方のDMAT隊員として活動にあたっている医療従事者も多くいます。例えば、東京DMATと日本DMATに登録している医師や看護師ならば、病院に勤務しながら都道府県DMATの管轄内である東京都内で事故などが発生すれば日常的に出動しますし、大規模災害が起きて国からの要請があれば、日本DMATとして東京都外でも被災地に赴きます。

DMATは現場で迅速かつ正確な活動ができるように、訓練も実施していますが、両方のDMATに登録していれば、もちろん双方のDMATの訓練を行う事になります。

「がれきの下の医療の誕生」 DMATはなぜできたか

きっかけは阪神大震災

1995年1月、阪神淡路大震災が発生し多くの犠牲者を出してしまいました。当時、日本の災害に対する対応力は今よりもまだまだ低かった為、警察や消防、自衛隊などの活動も初動が遅れたり、上手く機能しなかったりしました。この阪神大震災での教訓をきっかけに、災害活動での正確さや機動力をより高くできるように、警察では広域緊急援助隊、消防では緊急消防援助隊などの新しい組織の発足など、各機関の災害対応能力の強化のために、様々な取り組みが行われるようになりました。

これと同じく、阪神淡路大震災では被災者に対する初期医療の提供も遅れてしまい、本来ならば救えるはずであった多くの人命(当時の医療技術なら、500名は救えていたはずと言われています)が犠牲になってしまいました。この教訓から災害現場における医療の重要性が再度見直される事になり、DMATの発足に繋がったのです。

瓦礫の下の医療の誕生と実践

阪神淡路大震災では、死者6400人以上、負傷者4万3000人以上の犠牲者が出ました。死亡した犠牲者の内、約8割が倒壊した建物の中に閉じ込められる・挟まれる圧死が原因となっています。

阪神淡路大震災では、建物の中に怪我人がいても、まずその人を外部に救出してから医療措置を施しました。ところが、救助を待っている間に症状が悪化してしまったり、助けた後にクラッシュ症候群(※)を発症して死亡してしまったりするケースが多くありました。当時は、クラッシュ症候群に対する知識も、日本の医療従事者の間でもそれほど認知されていなかった為です。

※ クラッシュ症候群…人体の一部が長時間圧迫される事によって筋肉の細胞が損傷し、圧迫が解放されるとともに損傷した筋肉細胞から血液中にカリウムなどが流出し、チアノーゼや意識の混濁、心停止や急性腎不全などが起きる症状の事。挫滅(ざめつ)症候群とも呼ばれる。

これを受けて、警察や消防の救助隊が瓦礫の下にいる負傷者の救出救助活動を行うのと並行して、医師も一緒に瓦礫の中に入り、医療活動を行う「瓦礫の下の医療」の重要性が見直され、その実践もDMAT発足の目的のひとつとなっています。また、2005年に発生したJR福知山線脱線事故では、圧迫された電車内に取り残された乗客の救出救助と共に医療措置が行われ、瓦礫の下の医療が多く実践されました。

災害現場におけるDMATの活動

要請があれば現場へ駆けつける

災害や事故が起きると、当該地区の消防の判断によってDMAT指定医療機関へ出動要請が出されます。その後、指定医療機関ではDMATを編成し、出動します。出動する時には、DMATカーやDMAT救急車(※)と呼ばれる専用の車両を使用します。また、DMAT隊員は、背中に所属するDMATの名称と職業名の入った(東京DMAT・医師DOCTORなど)ベストやジャンバーを着用します。反射板がついていて、暗い所でも光る仕様になっています。

※ 東京DMATの救急車は、白の車体に赤と緑のライン、「東京DMAT」のロゴが入っているデザイン。

現場で災害医療活動を行う

出動したDMAT隊員は、災害現場もしくは負傷者の受け入れを行っている医療機関で災害医療活動を行います。主な活動内容は被災地域内での医療情報収集と伝達、負傷者のトリアージ・応急治療・搬送、災害現場でのメディカルコントロール、被災地域内の医療機関への医療支援と強化です。

主な活動時間は48時間以内から72時間まで

災害や事故発生時から48時間以内の時間を急性期と呼んでいますが、DMATはこの急性期の間に現場に駆け付け、災害医療が提供できるのが大きな特徴です。急性期は一番負傷者が発生し、かつ発生から72時間以内に必要な医療措置を行う事が、負傷者の生存率を決めるポイントとなるためです。

72時間が経過すると災害現場での負傷者の数も落ち着いてくるので、多くの場合DMATは撤退しますが、場合によっては第二部隊、第三部隊が編成されて入れ替わりで被災地に出動する事もあります。また、被害が甚大で医療機関そのものがダメージを受けており、被災地の医療システムの即急な回復が見込めない場合には、日本医師会が統括する「日本医師会災害医療チーム(JMAT)」がDMATと入れ替わり、地域の医療システムの回復まで医療支援を行う様になっています。

今後の課題

東日本大震災にもDMATは派遣され活動しましたが、同じ震災でも阪神大震災と異なったのが、建物倒壊による負傷者が少なかった事、津波による被害が甚大だったため急性期は医療措置の必要な負傷者が少ないいわゆる”all or nothing”(※)、逆に孤立状態から救出救助された後(72時間以降)の被害者への医療提供へのニーズが高まった、などの違いがあります。

※ All or nothing…災害急性期における被災者の状態が、「無傷」あるいは「死亡」のどちらかに二分している事。

災害の状況や内容に応じて、異なるニーズに対応できる適応力を身に付ける事が、今後DMATに課せられた課題であると言えます。

DMAT隊員になるには?

医療従事者になり、隊員養成研修を受ける

DMATとして活躍するには、まず医療従事者にならなければいけません。医師や看護師、薬剤師、救命救急士、理学療法士、医療事務職などです。

医療従事者になった後は、DMATの指定医療機関に勤める必要があります。その上でその医療機関のDMAT隊員候補として選抜される必要があります。

選抜を受け候補になると、日本DMAT隊員の場合は厚生労働省等が実施する「日本DMAT隊員養成研修」、都道府県DMAT隊員の場合は都道府県が実施するDMAT養成研修を受けます。(日本DMATの場合は4日程度、都道府県DMATの場合は2日程度の研修日程です)

研修に合格するとDMAT隊員として認定され、DMAT隊員証が交付され、DMATに登録されます。また、資格更新が5年ごとに行われます。

DMATがモデル 災害派遣精神医療チーム「DPAT」とは

被災者の心のケアを目的とした医療チーム

DMATをモデルとして作られた、災害派遣精神医療チーム、通称「DPAT」(Disaster Psychiatric Assistance Team)も災害医療現場で活躍する医療チームのひとつです。

DPATは、自治体が組織し、国立精神・神経医療研究センター内「災害時こころのケア情報センター事業」が行っている専門の研修を受けた精神科医や看護師など2名から5名で構成されているチームです。

DPAT発足まで

災害における被災者への医療支援だけでなく、心理的な支援の重要性も阪神大震災をきっかけに広く知れ渡るようになりました。その後、大規模災害時にはDMATと同じく精神科医のチームが被災地に派遣される事はあったのですが、特に組織化はされていませんでした。

その後、東日本大震災で津波被害によってPTSDを抱える人、避難生活で大きなストレスを感じる人がより多くなり、現場での課題を残すこととなりました。これを受けて、2013年に厚生労働省がDPATの名称や定義を定めて、日本全国の都道府県にDPATの設置を呼びかけ、発足に繋がりました。

DPAT活動の3原則

DPATは災害活動において、以下の3原則を提唱しています。

▼Support
名脇役であれ。 支援活動の主体は被災者の支援者。地位の支援者を支え、その支援活動を円滑に行う為の活動をすること。

▼Share
積極的な情報共有。災害対策本部や担当者、被災地位の支援者、及び他の医療チームとの情報共有・連携を積極的に行うこと。

▼Self-sufficiency
自己完結型の活動。被災地域に負担を掛けず、自立した活動を行い、自らの健康管理(精神面も含む)や安全管理は自らで行うこと。

病人だけでなく、一般の被災者のケアも行う

DPATも、DMATと同じく災害や事故発生から72時間以内に駆け付けて、現場の災害医療提供を行います。この72時間以内に出動する先遣隊の他にも、後続部隊が続きます。急性期の医療を提供するDMATと異なり、精神的なケアを行うDPATは、活動が数か月間など長期にわたる事が多い為です。

また、災害時に鬱やパニック障害といった精神疾患を抱えている被災者への診療やケアを提供するだけでなく、一般の被災者への心のケアを提供するのもDPATの特徴です。避難所で「夜眠れない」「他の人となじめない」などの生活におけるストレスを感じている被災者や、震災によって大切な人や物を失った被災者の喪失感や悲しみのケアのためのカウンセリングを行ったり、被災者の支援にあたったりします。

人の精神状態の悪化は、重大な精神疾患に繋がるだけでなく、被災地の環境や治安の悪化による犯罪の原因にもなってしまいます。精神的な健康の悪化防止のためにも、今後のDPATの活動が根付く事が重要であるとされています。

まとめ

災害大国だからこそ、迅速かつ正確な医療行為を提供する為にDMAT、そしてDPATは誕生しました。多様化する災害の状況に応じて、今後もDMAT及びDPATは柔軟に対応できる力を身に付ける事が大切である事、また私たちも予測される災害の為に、常日頃からの対策を行う事が重要であると言えます。

(文:千谷 麻理子)

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