はじめに - 中国総領事館の閉鎖要求
2020年7月21日、アメリカ南部のテキサス州ヒューストンにある中国総領事館で煙が出たことを受けて、アメリカ政府は同施設を3日以内に閉鎖するよう中国政府に要求しました。
トランプ大統領は記者会見の場で「彼らは書類を燃やしていたのだろう」と発言し、かねてから疑っている中国政府によるスパイ疑惑と関係があるかのような印象を与えました。
新型コロナウイルスやWHOとの親密な関係、そして香港を巡る問題など、アメリカと中国の関係はこれまで以上に悪い状態にあります。そんななか起きた今回のボヤ騒動は、より一層両国の関係を悪くすると注目されています。
そこで今回は、アメリカ政府が中国の領事館に閉鎖命令を出した一連の騒動について、詳細や影響などを含めて解説します。
公務員や公務員志望の方は、アメリカと中国の緊張状態を理解するのに役立てて下さい。
騒動の概要
事の発端は、テキサス州ヒューストンにある中国総領事館の中庭で、何者かがゴミ箱内にあった紙を燃やして、大量の煙が発生したことです。
録画されていたビデオには、複数人がゴミ箱に紙を入れて燃やしている姿が映っていたほか、慌てた様子で水をかけて消火している様子も映っていました。
大量の煙が発生したことから地元の警察が駆けつけましたが、領事館の敷地内ということもあって立ち入りは拒否されています。地元の警察は煙を確認しただけとしており、具体的な状況や原因は分かっていません。
火災に発展していてもおかしくない状況だったことや、状況や原因を公開しない中国政府の対応を重く見たアメリカ政府は、同施設の閉鎖を要求し、さらにアメリカ国内にある他の中国領事館などの在外公館を追加閉鎖させる可能性もあると説明しています。
この問題を巡っては、情報を開示しない中国政府、強硬な態度のアメリカという構図が、両国の関係性における新たな火種として問題になっているのです。
アメリカ政府の対応
7月22日、アメリカ国務省のオータガス報道官は、中国政府に対してヒューストンの中国総領事館の閉鎖を要求したことを発表しました。なお、閉鎖に関連する具体的な内容は明かしていません。
同日、マイク・ポンペオ国務長官は、訪問先のデンマークで記者会見に応じ、中国によるアメリカの機密情報や知的財産の盗用を「これ以上は許さない」と非難したうえで「アメリカの安全、経済、雇用を守るために必要な行動」と、閉鎖命令の正当性を主張しました。
また、トランプ大統領はホワイトハウスの記者会見において、ヒューストン以外の中国在外公館の閉鎖についても「いつでもあり得ることだ」と回答しており、この事態が泥沼化する可能性を匂わせました。
東アジア・太平洋エリアを担当するスティルウェル国務次官補は、ヒューストンの中国総領事館は「中国軍による知的財産窃盗の震源地だった」とコメントしています。
さらに、情報の窃盗はここ半年で急増しており、新型コロナウイルスのワクチン開発や研究に関する情報の窃盗もあると可能性を指摘しています。
同氏は、ヒューストンにある中国総領事館の総領事と2名の職員がヒューストン空港で偽の身分証を使用していた事実も付け加え、同施設はアメリカの破壊活動に長く関与していると非難しています。
ビーガン国務副長官は、中国政府が留学生を使って知的財産の窃盗をしているとしたうえで、今回の中国政府の対応は「外交基準に沿わない」とし、閉鎖命令を支持しました。
一方、エスパー国防長官は年内の訪中に前向きです。この背景には、南シナ海でアメリカと中国の両軍が緊張状態にあることが影響しています。
7月中旬、ポンペオ国務長官が南シナ海の権益を巡る中国と東南アジア諸国の対立において、アメリカは東南アジア諸国を支持すると表明したことから、両国の軍レベルでも緊張が高まっており、両国は衝突を回避したい構えです。
緊張状態が続いているなか、エスパー国防長官が訪中することで、せめて軍レベルでの衝突は回避したいのがアメリカの思惑と見られます。
主要官僚の訪中が、中国総領事館問題にどれほどの影響を与えるかは不透明ですが、両国の関係を維持するための「苦肉の策」として、エスパー国防長官の訪中は注目されています。
中国政府の対応
7月22日、中国外務省の汪文斌報道官は記者会見で、ヒューストンの総領事館を巡る質問に対して「アメリカが突然、総領事館を閉鎖するように要求してきた」と回答しました。閉鎖要求の理由や条件などは明かしていません。
また「一方的な政治的挑発行為」としたうえで「乱暴に両国の関係を破壊する」と批判しました。アメリカ政府がとった行動は、国際法や領事条約の規定に違反しているとも指摘しており、正当性を主張しています。
アメリカ政府に対しては閉鎖要求の撤回を求めており、仮に撤回されない場合は、何かしらの対抗措置を取る考えがあるとしました。
そして24日、中国政府は対抗措置として、四川省成都市にあるアメリカの総領事館を閉鎖すると発表しました。
中国のメディアは、中国国内にあるアメリカ領事館のいずれかが閉鎖されることを予想していましたが、その候補に上がっていたのが「香港・マカオ総領事館」と「武漢市総領事館」でした。
香港・マカオ総領事館を閉鎖した場合、数千人規模の外交官と職員に影響が及び、武漢市総領事館を閉鎖した場合は、アメリカに対する影響力が少ないことから、最も無難な四川省成都市が選ばれたと見られます。
中国政府としては、両国の関係をこれ以上刺激したくない気持ちの表れではないかと思われています。
他にも、中国外務省の華春瑩報道局長は自身のTwitter上で、アメリカ政府が閉鎖要求をしてきたことに対して「信じられないほどにおかしなことだ」と批判しました。
また、このところアメリカ政府による中傷や憎悪が続いた結果、中国大使館は爆破や殺害予告を受けているともしており、アメリカ政府の対応を問題視しています。
中国外務省は、アメリカに滞在中の中国人学生に対して「アメリカ司法当局が恣意的な尋問、嫌がらせ、私物の押収、拘束」をしているとし、注意喚起を出しています。
アメリカの中国に対する攻撃は、すでに留学生などをはじめとする一般人にも影響が及んでおり、中国政府としては政府間の話だけでは済まされなくなっています。
アメリカ政府が中国に抱く「スパイ疑惑」
今回の騒動を受けてヒューストンの中国総領事館が閉鎖されることになった理由は「アメリカの知的財産と個人情報を保護するため」と公表されています。
この背景には「アメリカ政府が中国に抱く根強いスパイ疑惑」があります。アメリカ政府は中国がアメリカのあらゆる機密情報を盗んでいると見ており、事実、スパイ事件や機密情報窃盗の事件が起きています。
具体的には、ハイテク、防衛、医療(新型コロナウイルスのワクチンや治療薬の情報)などの情報窃盗とされており、7月7日には中国人男性2名をマサチューセッツ州のバイオテクノロジー企業から機密情報を窃盗した容疑で起訴したばかりです。
また、2018年4月にはジェットエンジンの機密窃盗、同年10月には航空関連企業によるハッキング、そして12月には中国人ハッカー集団「APT10」のメンバーを次々に逮捕、起訴しており、中国人による知的財産窃盗を立証してきました。
捜査に関わったFBIのクリストファー・レイ長官は、中国によるスパイ活動は10年以上前から続いているとしたうえで「現在捜査中の諜報事件約5,000件のうち、半数近くが中国に関係している」とコメントし、同組織は10時間ごとに中国関連の諜報捜査を新たに開始していると、その数の多さと深刻さを訴えています。
アメリカ政府は、中国による知的財産窃盗に関与しているとしてファーウェイやZTEなどの中国ハイテク5社、および対象5社の製品やサービスを使用している関連企業と政府機関は契約を結ばないとするNDAA(National Defense Authorization Act/国防権限法)889条を履行しました。
このようなスパイ疑惑に対する一連の措置に加えるかたちで、今回の総領事館閉鎖要求に至ったのです。一方で、スパイ疑惑と総領事館でのボヤ騒ぎの関連性は明確になっていないことから、あまりにも横暴な対応として中国政府は反発しています。
まとめ
以上、「中国の在外公館に閉鎖命令!深まるアメリカと中国の亀裂」でした。
ヒューストンの中国総領事館でのボヤ騒ぎは、アメリカ政府による閉鎖命令によって政治衝突にまで発展してしまいました。また、アメリカ政府は中国によるスパイ疑惑と、この一件を結びつけており、強引な印象は否定できません。
新型コロナウイルスの感染が収まらないことに手を焼くトランプ政権は、少しでも国内の批判をかわすために「反中国」の姿勢を強めています。今回の一件は両国の新たな火種として注目されていますが、支持率低下を憂うトランプ政権の焦りが見え隠れしていると言えるでしょう。
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