はじめに - マイク・ペンス氏対カマラ・ハリス氏
2020年10月7日、アメリカ大統領選に向けた副大統領候補によるテレビ討論会(Vice-presidential debate)が開催されました。
現役のマイク・ペンス副大統領、そして初の黒人女性副大統領候補のカマラ・ハリス氏による一騎打ちです。11月の選挙で当選した場合、大統領を支える最も身近な存在として、どのような活躍を見せるのか、本人によるアピールが聞ける貴重なチャンスです。
とくに今回のテレビ討論会は、民主党のハリス氏が将来の副大統領としてふさわしい人物なのかを見極める良い機会とされ、ハリス氏の発言や振る舞いに注目が集まりました。
今回は、副大統領候補者によるテレビ討論会について、両者の主な発言をまとめてご紹介します。
アメリカ副大統領候補によるテレビ討論会の概要
副大統領候補同士によるテレビ討論会は、大統領候補同士のテレビ討論会と同じ形式で開催されます。
開催場所に選ばれたのは、アメリカ西部のユタ州ソルトレイクシティーにあるユタ大学です。大統領候補者同士の討論会は合計3回実施されますが、副大統領候補による討論会は1回のみなので、副大統領候補はこの1回で自身の主張や存在感をアピールする必要があります。
テレビ討論会は司会者を含む3名のみで、90分間、全米(世界中)で生中継されます。今回に先立って、9月29日に開催された大統領候補者によるテレビ討論会では、お互いの批判合戦になってしまったことを受けて、今回は着席スタイルで開催されることになりました。
新型コロナウイルス感染対策として3者の座席は透明のパーテーションで区切られ、カンペやアシスタントは付きません。会場には家族や秘書など、ごく少数の関係者のみが立ち会い、発言権はありません。
討論会は司会者があらかじめ用意しておいた議題(世間の関心が高い議題)について、両者に意見を振るかたちでおこなわれます。発言時間はそれぞれ2分間が与えられ、ひとつのテーマにつき15分間で区切られています。
討論会の司会に選ばれたのは、ジャーナリストのSusan Page(スーザン・ペイジ)氏で、USAトゥデイのワシントン支局長を務めている人物です。これまでにホワイトハウスの運営に携わったり、歴代大統領9名に対するインタビュアーとしてのキャリアがあります。表立った政治的な偏りはなく、中立派として知られています。
アメリカ副大統領候補によるテレビ討論会の内容
では、具体的にテレビ討論会ではどのようなことが語られたのでしょうか?主な発言をトピック別にご紹介します。
テレビ討論会の内容その1:新型コロナウイルスについて
新型コロナウイルスを巡っては「歴史上どの政権と比べても大失敗だった」と糾弾するハリス氏に対して、ペンス氏は「大統領は数十万人の命を救った」と反論し、対立姿勢が明確になりました。
ハリス氏:(カメラ目線で)トランプ政権は事実を隠蔽しました。数か月の間に21万人が亡くなったのです。ペンス副大統領とトランプ大統領は1月の時点でウイルスの危険性を知っていたにもかかわらず、過小評価して国民に真実を知らせなかった。
私たち(民主党)は、国民に対してワクチンを無料で提供し、国を守ります。バイデン氏はそれを実現できるリーダーです。
ペンス氏:トランプ大統領は国民の健康を最優先にしました。事実、中国からの渡航者を早期に拒否しました。しかし、バイデン氏は大げさだの、外国人排除だのと批判していました。
私たち(共和党)は、これまでに1億件以上の検査を実施し、数十万人以上の命を救いました。医療機関への物資提供やワクチン開発も続けています。ワクチンは年末までには用意できるでしょう。
ハリス氏:(結果的にトランプ大統領も感染する事態につながった)ホワイトハウスでの最高裁判事の指名記者会見が政府中枢での感染を引き起こしたのではないでしょうか?
ペンス氏:専門家の指示に従って屋外で開催され、参加者の多くは事前に検査を受けていました。大統領と私はアメリカ国民を信頼し、それぞれが自分に合った選択をできると信じています。あなた達は(マスク着用など)義務化を主張しているが、私たちは国民の自由を尊重しています。
ハリス氏:命を守るためには、時として聞きたくないような真実を伝える必要があります。そんな勇気こそ国民を尊重していると言えるのです。無能な政権のせいで、国民は大きな代償を払ったのです。
ワクチンの接種については、公衆衛生の専門家が勧めるのであれば従います。しかし、(ウイルス対策を政治利用しようとしている)トランプ大統領に言われても接種しませんよ。
テレビ討論会の内容その2:経済政策について
経済政策については、富裕層のみを優遇するトランプ政権を批判するハリス氏に対して、ペンス氏はトランプ政権の実績を強調し対立しました。
ハリス氏:大統領は上位1%の富裕層や大企業のみが利益を得られるような税制を作りました。一方で、バイデン氏はインフラやクリーンエネルギー事業に投資することで、より多くの国民にお金が行き渡るようにする計画です。
ペンス氏:現政権の広範な減税や規制緩和政策によって労働者の賃金は回復しました。注目すべきことに、パンデミック後2,200万人が失業したものの、すでに1,100万人の雇用回復を実現しています。バイデン氏が当選した場合、きっと就任初日に増税して経済を葬り去ろうとするでしょうね。
ハリス氏:それは事実ではありません。バイデン氏は年収400,000ドル未満の世帯の税金は上げないことを明確にしています。
テレビ討論会の内容その3:対中政策について
対中政策を巡っては、ハリス氏は貿易戦争に負けたと指摘する一方で、ペンス氏はバイデン氏は中国のチアリーダーだと揶揄して反論する事態になりました。
ペンス氏:私たちは中国に対して断固とした対応を取ります。両国の関係を改善したいですが、平等な関係を追求し、新型コロナウイルスの責任を問います。
ハリス氏:中国との貿易戦争によって、国内製造業は30万人の雇用を喪失しました。農業従事者の破産件数も増加し、中国との貿易戦争に敗北しました。
ペンス氏:敗北ですか?バイデン氏は中国と戦うどころか、オバマ政権時代には(対中政策で)大失敗をして、長年にわたって中国共産党のチアリーダーだったではありませんか。
中国には新型コロナウイルス感染拡大の責任があり、大統領は(アメリカに)つけ込もうとしてくる中国に立ち向かってきました。中国からの渡航を禁止した際に、バイデン氏はヒステリックな対応だと反対していましたよね。
また、バイデン氏はトランプ政権で築いた対中制裁関税を皆撤廃し、中国に対して経済的に降伏しようとしています。アメリカの貿易赤字の半分は対中国なのですよ。
テレビ討論会の内容その4:外交・安保問題について
外交や安保問題については、弱腰で同盟国を裏切っていると糾弾するハリス氏に対して、ペンス氏は様々な実績を強調しつつ反論しました。
ハリス氏:大統領は同盟国を裏切り、ロシアに弱腰でいます。そして、世界の独裁者を受け入れています。多くの同盟国はトランプ大統領ではなく、中国の習近平国家主席に敬意を払うようになっています。
ペンス氏:現政権では、イラン司令官の殺害、過激派組織イスラム国(IS)指導者殺害などの成果を挙げており、アメリカの働きによって同盟国は安全になっています。大統領のリーダーシップにより、アジア太平洋諸国とのつながりも強固なものになりました。
また、イスラエルの首都としてエルサレムを承認しました。この決定を巡っては同盟国からの反対はあったが、私たちは約束を守ったのです。かつてバイデン氏が約束を守らなかったことですよ。
テレビ討論会の内容その5:人種差別や警察改革について
相次ぐ警察官による黒人暴行殺害事件を巡っては、警察改革が必要と主張するハリス氏に対して、ペンス氏はトランプ大統領が掲げる法と秩序こそが重要と反論しました。
ハリス氏:(ジョージ・フロイド殺害事件を機に)人種、年齢、性別に関係なく、法のもとで平等な正義を求めて私たちは戦います。大切であると考える価値観のために戦い続けなければなりません。
そして、警察改革が必要です。法を犯した警察官を記録し、私立刑務所や保釈金制度を廃止し、構造的な差別解消に向けた対策を講じます。
ペンス氏:フロイド氏に起こったことは弁明の余地はなく、裁きが下されるでしょう。しかし、その後に起きた暴動や略奪などの暴力行為は許されるものではありません。
バイデン氏は、警察官は少数派の人種に対して潜在的な偏見を持っていると主張していますが、これは酷い侮辱です。あなた(ハリス氏)も、かつては上院議会で警察改革の法案通過を妨害しました。治安維持と黒人やマイノリティの支援は両立します。大統領と私は警察とともにあります。
テレビ討論会の内容その6:環境問題について
環境問題を巡ってはそれぞれの支持基盤を意識した主張になりました。ハリス氏は気候問題に関心が高い西海岸と東海岸の人々を意識し、ペンス氏はシェールガスビジネスに沸く中西部や南部を意識しています。
ペンス氏:現政権では排ガス規制緩和をはじめ、シェールガス開発も後押ししてきました。気候は変動しており、私たちは科学に耳を傾けることを明確にしています。そして、アメリカはシェールガス開発の技術革新で、各国よりも二酸化炭素排出量を減らしてきました。
ハリス氏:バイデン氏は2050年までに温暖化ガス排出ゼロを実現します。数百万の雇用を生み出す再生エネルギーに投資をします。私たちはトランプ政権が科学を信用していないという姿を見てきました。しかし、バイデン氏は気候問題に対応しながら雇用を創出します。
テレビ討論会の内容その7:トランプ大統領の所得税疑惑
9月に発覚したトランプ大統領の所得税問題(年間75,000ドルしか支払っていなかった)についても両者が言及しています。
ハリス氏:これを聞いた際には、ゼロがふたつほど足りないと思いました。バイデン氏は長年にわたり隠し事や嘘はなく、率直で誠実です。しかし、大統領はすべてを隠していますね。
ペンス氏:大統領は(疑惑について)不正確と言っています。実際に、何千万ドルもの税金を納めています。財務情報は法に基づいて開示されるものとして公開していますよ。
テレビ討論会の内容その8:最高裁判事について
大統領選と同じくらいに注目されている最高裁判事についても意見は対立しています。共和党に有利になることから早々に決着させたい思いのペンス氏、保守的な最高裁が出来ることを阻止したいハリス氏の思惑がにじみ出ています。
ペンス氏:大統領と私はエイミー・バレット氏が最高裁判事に就任することを心待ちにしています。彼女はとても賢く、豊富な人生経験を生かしてくれるはずです。
ハリス氏:次の大統領が誰になるか決まるまであと27日をきっています。さらに、400万人以上がすでに投票を終えているのです。私たちは、まずは国民に大統領を決めてもらってから、最高裁判事を決めるべきだと考えています。
テレビ討論会の内容その9:選挙結果について
最後に、司会者から選挙結果を受け入れない可能性を示唆しているトランプ大統領の態度を受けて、選挙結果が判明した後「平和的な政権移行を約束するか?」という問いかけがありました。
両者は明確な回答を避け、質問とは的はずれな回答をしている点が印象的です。
ペンス氏:民主党は大統領の弾劾を試み、3年半かけて前回の選挙結果を覆そうとしてきました。バイデン氏とハリス氏が規則を変え、不正選挙につながる郵便投票の導入を進めてきましたが、私たちは日々法廷でこれと闘っています。
ハリス氏:私たちはこれまでにないほど支持を得ています。なぜなら、誠実な民主党がホワイトハウスを取り戻すための闘いであることを分かっているからです。ぜひ投票してください。私たちは勝ちます。
アメリカ副大統領候補によるテレビ討論会に対する世論の反応
副大統領候補によるテレビ討論会は、先日実施された大統領候補による罵倒合戦とは対照的に、落ち着いた雰囲気で実施されたことから、概ね世論は好意的な見方をしています。
ペンス氏は現職の副大統領らしく目立つことを避けながら大統領を擁護し、引き立てることに終始していました。しかしながら、ペンス氏は副大統領として優秀すぎて(黒子に徹する)印象を残せなかった感じも否めません。
一方で、ハリス氏は説得力に溢れる発言をしながらも、ペンス氏をあざ笑うような仕草を見せたり、ため息をつきながら首を横に振るなど、無礼な一面も見せました。度々「私が話しをしているのですよ」などとペンス氏を制止し「話を聞かない共和党」という印象操作を狙っているかのようでした。
ハリス氏のこのような態度は、2000年の大統領選時にブッシュ候補と争ったアル・ゴア氏がまったく同じような態度を取って敗北していることから、必ずしも良い印象にならない可能性もあります。
アメリカメディアの反応
アメリカ大手放送局のABCは「大統領テレビ討論会1回目と比較して、丁寧な討論だった」と報じています。また、民主党寄りのCNNは独自調査の結果として、59%がハリス氏優勢、39%がペンス氏優勢だったと報じました。
ニューヨークタイムズ紙は「ペンス氏がコロナに関する質問に対して、聞かれたことに答えていない」と指摘したうえで、ハリス氏優勢の評価を出しています。
1回目の大統領候補によるテレビ討論会で司会を務めたFOXニュースのクリス・ウォレス氏は「ハリス氏の素質(大統領に繰り上がる可能性がある人物)を見ていたと思うが、知識や事実の扱い方を見て、不適任だとは判断されなかっただろう」と、ハリス氏を評価しています。
ワシントンポストは「ペンス氏が落ち着いて大統領を誰よりもうまく擁護した」とペンス氏を高く評価しています。共和党寄りメディアとして知られるFOXニュースも、終始落ち着き払っていたペンス氏が優勢だったと伝えています。
まとめ
以上、「アメリカ大統領選・副大統領候補による「テレビ討論会」まとめ」でした。
今回の副大統領候補によるテレビ討論会は、罵り合いが続いた大統領候補者によるテレビ討論会と比較して、落ち着いた雰囲気で討論会らしいものだったと言えます。
一方で、両者が聞かれた質問に回答せず、的はずれな主張を繰り返す場面が多々あったことから、それぞれでトランプ大統領やバイデン氏を擁護するのに苦労している表れだったようです。
世論の好意的な反応を見ても、ペンス氏、ハリス氏ともに副大統領候補として十分な仕事を果たしたと言えるでしょう。残すあと2回の大統領候補者によるテレビ討論会に注目です。
参考資料サイト
CNNの独自調査の結果
https://edition.cnn.com/politics/live-news/vp-debate-coverage-fact-check-10-07-20/
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