はじめに
アメリカの大統領選はトランプ大統領が敗北を認めずにいるなか、選挙人投票が実施され、あとは2021年1月6日の開票を待つだけとなりました。
選挙人投票が実施された時点で「法的に対抗できる術はない」とされているトランプ陣営ですが、いまだに抵抗を続けていることから「何かしらの秘策」を持っているのではないかと言われてきました。
そんな秘策とされているのが「戒厳令(かいげんれい)」です。大統領補佐官のひとりは「戒厳令を出して軍を動員し、選挙をやり直すことも可能だ」とコメントしていることから、あながち大袈裟な話として済まされない様相を見せています。
今回は、トランプ陣営による秘策とされる「戒厳令」について、詳細や経緯、そして大統領選への影響をご紹介します。
アメリカの「戒厳令」とは?
戒厳令(martial law)とは、戦争や自然災害などの有事の際、一時的に(一部の)憲法や法律の効力を停止したうえで、行政権を軍に移行することです。ごく簡単に言えば、有事を理由にして軍隊が政府に成り替わる状態と言えます。
似たような仕組みとして「非常事態宣言」があります。非常事態宣言は、平常時同様に政府が立法、司法、行政をおこないますが、戒厳令では軍隊がその役割を担うという違いがあります。当然ながら軍隊は武力を伴うため、一般人による抵抗は難しく、事実上は強制力を持った統制と言えるでしょう。
一般的に戒厳令は国家の非常時に混乱を防ぐための最終手段として考えられていますが、トランプ大統領はこの「奥の手」を大統領選のやり直しのために使おうとしていると見られています。
アメリカの歴史上、大統領選の不正選挙を理由にした戒厳令は事例がありません。これまでは、1906年のカリフォルニア州サンフランシスコ地震、1941年のハワイ州の真珠湾攻撃、1961年のアラバマ州の公民権運動(Freedom Riders)など、各州の非常時に発令されています。
過去の事例から見て分かるように、大統領選のやり直しを理由に戒厳令を発令することは、現実的と言えません。
アメリカ大統領選と「戒厳令」について
大統領選を巡って戒厳令が出される可能性が浮上した経緯を見てみましょう。
トランプ氏は、法的な対抗手段を失った
これまでトランプ陣営は「不正選挙」を訴えてきました。その内容は、州法から逸脱した郵便投票の採用、不透明な開票作業、投票機の不正操作など多岐にわたります。
これらの疑惑がトランプ陣営にとって不利に働いたと主張して各州で訴訟を起こし、さらには連邦最高裁判所にまで訴えを起こしました。訴訟の大半は「証拠不十分」や「法的な根拠を伴なわない」とし棄却されています。(動画演説で証拠を提示しているが報道されていない)
この「動画演説で提示した証拠」については、以下の記事で詳しく説明しています。
》【米マスコミの偏向報道を在米日本人がレポート】誰も報じないトランプ大統領による最も重要な演説
2020年12月2日、アメリカのトランプ大統領は自身のフェイスブックに動画メッセージを投稿しました。本記事では、報じられることのないトランプ大統領の演説について、アメリカ在住の日本人にレポートいただきました。
トランプ陣営としては、共和党寄りの判事団で構成した最高裁による決着を望んでいましたが、最高裁さえも訴えを退けたことから、法的な対抗手段による決着は非現実的なものになりました。
裁判による決着は諦めて別の方法を探るようになった結果、戒厳令という案が浮上したと見られます。
トランプ氏の側近らによる提案
今回の戒厳令はトランプ大統領に近い人物らによる提案とされています。鍵を握るのは2名、11月25日にトランプ大統領からロシアゲート疑惑を巡って恩赦を受けたばかりのマイケル・フリン元大統領補佐官、そしてトランプ大統領と一緒に不正選挙と陰謀論を主張し続けているシドニー・パウエル弁護士です。
12月18日、トランプ大統領はフリン氏をホワイトハウスに招き、戒厳令について協議したとされています。これに対してフリン氏は「大統領が望めば、激戦州に軍隊を出員させて、投票をやり直すことも可能。戒厳令は前例がないものではない」と述べました。
フリン氏はオバマ政権時に国防情報局長官を務め、トランプ政権では国家安全保障問題担当大統領補佐官の経歴があります。軍との結びつきが強く、愛国心がある人物としても知られています。
2017年、ロシアゲート疑惑でFBIに虚偽の証言をしたことで訴追されていましたが、司法取引に応じたことや捜査に不備があったことを理由に、2020年11月、トランプ大統領によって恩赦されました。同氏は、この一件でトランプ大統領に大きな借りができたと言えるでしょう。
シドニー・パウエル氏もトランプ大統領寄りの人物です。トランプ大統領は長年にわたり腹心としてきたバー司法長官(12月いっぱいで辞任)に対して、不正選挙を追及する「特別検察官」を配置することを要求してきました。
しかし、バー司法長官はこれを拒否し、不正選挙に否定的な態度を見せていました。トランプ大統領としては頼りにしていたバー司法長官に裏切られるかたちになった訳です。次第に孤立していくトランプ大統領を司法の面で支える存在として白羽の矢が立ったのがシドニー・パウエル氏です。
同氏はトランプ大統領の主張に一貫して同調しています。不正が行われたとされるドミニオン社の投票機差し押さえを巡っては、トランプ大統領の弁護団(ルディ・ジュリアーニ氏ら)が反対するなか、同氏だけは同調していました。(同氏は弁護団を臆病者と批判した)
このような背景から、トランプ大統領は同氏を特別検察官に指名するよう仕向け、不正選挙の実態をさらに追及する計画です。また、同氏はフリン氏の顧問弁護士を務めていることから、戒厳令の発令にも積極的な立場をとっているとされています。
トランプ大統領に借りがあるフリン氏と、トランプ大統領に同調しフリン氏との関係が強いパウエル氏のふたりが支援する姿勢を見せていることから、戒厳令の案が浮上したという訳です。
一方、ホワイトハウス関係者をはじめアメリカの世論は、ロシアゲート疑惑の際に偽証したフリン氏、荒唐無稽な陰謀論を訴えるパウエル氏に対して冷ややかな目を向けていることも知っておくと良いでしょう。
「戒厳令」を巡る周囲の反応や影響
戒厳令を巡っては情報が錯乱しているのが実情です。
「フェイクニュースである」というの意見
トランプ大統領は戒厳令について、自身のツイッター上で「戒厳令の報道はフェイクニュースだ」と投稿しました。
一方で、法的な対抗手段が断たれているなかでも不正選挙を訴え、抵抗を続けていることから、戒厳令の発令はあながち否定できない見方が強まっています。トランプ大統領は度々発言を覆すことがあるため、フェイクニュースと述べた真意は不明です。
ホワイトハウスの内部対立
12月18日、ホワイトハウスで開催された戒厳令を巡る会議の場は荒れ模様だったとされています。フリン氏による戒厳令の提案や、パウエル氏を特別検察官に任命することに対して、メドウズ大統領首席補佐官らが猛烈に反対し、どなり合いに発展したと見られます。
メドウズ氏は戒厳令や特別検察官任命について「法的な根拠がない」と主張しており、これ以上の抵抗に消極的な姿勢です。
一方、パウエル氏は投票機として採用されたドミニオン社は、ベネズエラの故チャベス大統領が設立に関与しており、同国や中国をはじめとする共産圏から支援を得ていると「陰謀論」を主張しています。
ホワイトハウス内では、最後まで戦う派と降参すべき派の分裂が起きていることがよく分かります。
2021年1月6日に大規模デモ
2021年1月6日は連邦議会で選挙人投票の開票が実施される日です。この日、議会によって大統領が正式に決定するため、トランプ陣営やサポーターにとって事実上「抵抗最後の日」となります。
12月19日、トランプ大統領はツイッターに「1月6日はワシントンD.C.で大きなデモだ!集まってくれ、きっとワイルドなものになる」と投稿し、支持者らに抗議デモに来るよう呼びかけました。
デモによって結果が変わる訳ではありませんが、2024年の大統領選に向けてトランプ支持者の結束を見せつける機会として注目されています。
異議申し立て
1月3日から始まる新議会において、複数の共和党議員が選挙人投票の開票プロセスを阻止する試みを取ることを表明しています。(マージョリー・テイラー・グリーン氏やモー・ブルックス氏らが異議を唱えると見られる)
トランプ陣営の「最後の抵抗」として、選挙人投票の開票で「異議申し立て」が行われたとしても、申し立て受理には両院の合意が必要です。
下院は民主党が多数派のため、申し立ては拒否されることが濃厚で、民主党と共和党が拮抗している上院では4名の共和党議員がすでに申し立てに反対する姿勢を表明しているため、上下両院とも過半数獲得は難しいでしょう。
トランプ陣営による最後の抵抗も不発に終わる公算が大きいと見られています。
まとめ
以上、「アメリカ大統領選・トランプ陣営の秘策は『戒厳令』か?」でした。
法的な抵抗手段をほとんど失ったトランプ陣営は、大統領権限を行使して戒厳令を検討している模様です。一方で、戒厳令は現実的な手段ではなく、仮に実行されても選挙結果を覆らせる効果は見込めないとされています。
選挙人投票が開票され、正式に大統領が決定する2021年1月6日までに、トランプ陣営がどのような抵抗を見せるかが注目です。
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