はじめに
12月23日、アメリカのトランプ大統領は年内の公務を終えて、1月上旬までの冬休みに入りました。
休暇中は別荘があるフロリダ州マールアラーゴで過ごすと見られていますが、新型コロナウイルス対策法案や、国防権限法案などに署名することを拒否しており、穏やかとは言えない休暇を過ごしています。
なかでも注目されているのが、アメリカ国民ひとりあたり600ドルを支給することを盛り込んだ新型コロナウイルス対策法案の行方です。トランプ大統領はひとりあたり2,000ドルに増額することを要求していますが、議会をはじめ身内であるはずの共和党とも対立しています。
今回は、トランプ大統領が署名を拒否して混乱が生じている新型コロナウイルス対策法案や国防権限法案について、概要や今後の影響について解説します。
トランプ大統領が署名を拒否している経緯
今回、トランプ大統領が署名を拒否している法案は2つ、「新型コロナウイルス対策法案」と「国防権限法案」です。
新型コロナウイルス対策法案について
ひとつめは新型コロナウイルス対策法案です。この法案はおおよそ9,000億ドル(約93兆円)の大規模予算で、国民ひとりあたり600ドルの現金支給(総額1,660億ドル)が含まれています。
12月21日、アメリカ議会は上下両院でこの法案を可決し、あとは大統領の署名を待つだけという状況にありました。しかし、トランプ大統領は翌日にツイッター上に動画演説を投稿し「予想とは異なる。修正が必要だ。」と主張し、ひとり600ドルの支給額を2,000ドルに引き上げることを要求しました。
また、今回の予算案には諸外国への資金援助が含まれていると指摘し、アメリカ第一主義になっていないことにも触れています。「(海外支援など)不要な項目を除いた法案を持ってこなければ次期政権でやることになる」と時間的な猶予にも言及しました。
新型コロナウイルス対策法案については、署名を拒否しているというよりも、修正を求めている意味合いが強く、修正されれば署名すると見られています。
ちなみに、この法案で計上されている予算は連邦政府予算全体に関連しており、コロナ対策だけに使われるものではありません。従って、諸外国支援のための予算が組み込まれていることは何も問題ないとされています。
国防権限法案について
ふたつめは国防権限法案(NDAA)改正法案です。この法案はおおよそ7,400億ドル(約76兆6,000億円)の規模で、アフガニスタンやドイツからの駐留アメリカ軍撤退を制限する条項(影響を議会へ報告する)や、南北戦争時代に南部軍を率いた人物らの名称を基地から削除する条項が含まれています。
この法案も議会で圧倒的多数で可決しており、大統領による署名を待つだけでした。しかし、トランプ大統領は「アメリカ第一主義を貫いて安全保障や外交を進める政権の努力に沿っていない」と説明したうえで署名を拒否しています。
具体的には、トランプ政権が決定した(欧州などからの)アメリカ軍撤退に対して一定の条件を加えたことや、南北戦争にゆかりがある人物の名前がつけられた基地名を変更することは退役軍人や軍に対する敬意を欠くという理由です。
トランプ大統領は署名拒否をちらつかせることで修正を要求し、国内の保守派にアピールする狙いがあると見られています。
大統領から署名を拒否されることによる影響
今回のふたつの大型予算法案が拒否されることで様々な影響が生じます。
「新型コロナウイルス対策法案」への影響
この法案が拒否されることで、現金支給が実現しない、失業給付金の上乗せ分が失効するなど、国民の生活に直接的な影響が生じる可能性があります。
今回の法案は、政府機関に予算を配布する2021年度本予算(2020年10月から2021年9月まで)の「つなぎ予算」で、2020年12月28日に期限を迎えます。つまり、12月28日までに署名されないと連邦政府予算が失効してしまうのです。
この結果、2018年12月から約1ヶ月にわたって起きたような「政府機関の閉鎖」の可能性が出てきます。また、12月26日には失業給付金の特例措置が失効し(1,200万人が対象)、31日には家賃滞納者(約500万人)に対する強制退去処分の猶予措置も失効するため、コロナ禍で苦しむ国民を追い込むことにつながりかねません。
トランプ大統領としては、差し迫った連邦政府予算期限と国民生活への影響という2つをちらつかせて、議会に法案の修正を求めている訳です。
「国防権限法案」への影響
国防権限法案が拒否されることで現役兵士の昇給が遅れる、海外駐留アメリカ軍の削減が実現しないといった影響が生じます。なかでも、駐留アメリカ軍の削減はトランプ政権の公約であることから、法案を修正させてでも実現させたいところでしょう。
トランプ大統領は「この法案は中国やロシアへの『贈り物』だ」と非難しており、自身が主張するアメリカ第一主義になっていないことを強調しました。
一方、トランプ大統領はこの法案とは直接的な関係がない「セクション230」についても言及しており、ツイッターやフェイスブックなどのSNS企業がアメリカの安全保障を脅かしていると述べています。
11月3日の大統領選以降、トランプ大統領は自身のツイッター上で不正選挙を訴え続けていますが、ほとんどの投稿に対して事実確認を促す「警告ラベル」が貼られていることに不満を持っています。
このようなSNS企業による「検閲」によって選挙が不正に操作され、安全保障を脅かしているというのが主張の理由です。また、同法案にセクション230の廃止措置を盛り込むよう議会に要求しています。
仮に、法案が拒否されれば60年振りの不成立となり、安全保障に関連する軍や政府機関だけでなく、民間のSNS企業にも影響が及びそうです。
法案の拒否は実現するのか?
影響力を誇示したいトランプ大統領による新型コロナウイルス対策法案と国防権限法案の拒否は、うまく機能しない公算が大きいとされています。
これは、大統領が拒否権を発動しても、上下両院で3分の2以上で再可決されれば法案は成立する仕組みがあるためです。
新型コロナウイルス対策法案
この法案の争点は「国民への支給額」です。法案は600ドルに対し、トランプ大統領は2,000ドルへの増額を要求しています。これに対して民主党のペロシ下院議長は24日、トランプ大統領に同調し、党内の調整に入りました。
一方、本来であればトランプ大統領の身内であるはずの共和党は難色を示しています。「小さな政府」を掲げる共和党としては、もともと現金給付に否定的でした。今回の法案可決までに時間がかかったのも共和党が抵抗したことが要因です。
600ドルを2,000ドルに増額することで、必要な予算は3倍に膨れ上がります。共和党の財政保守派は増額を盛り込んだ修正に抵抗すると見られ、現行法案のまま決着させると見られています。
トランプ大統領は「連邦政府予算の期限切れ」と「国民生活への影響」を議会に突きつけて修正を要求していますが、肝心の共和党がトランプ大統領に同調していないため、法案拒否は機能しないと思われます。
国防権限法案
国防権限法案は上下両院で圧倒的賛成多数により可決しているため、大統領の拒否権を受けて議会に差し戻されても、再可決する公算が大きいと見られています。
同法案は、上院では84対13で賛成多数、下院では335対78で賛成多数です。12月中に採決されると見られ、3分の2以上の賛成票獲得により現行法案通りに成立するでしょう。
トランプ大統領としては、法案の修正や拒否が目的ではなく、同法案に盛り込まれた「駐留軍の撤退」や「基地名変更」など、保守層が気にする問題に配慮していることをアピールすることが狙いと見られます。
保守層に向けて「細かい部分にも目を向けられる大統領」という印象を植え付けることで、2024年の大統領選で返り咲きたい思惑が透けて見えます。
まとめ
以上、「冬休み中のトランプ大統領が重要法案署名に拒否権頻発の事態」でした。
トランプ大統領は新型コロナウイルス対策法案と国防権限法案に拒否権を行使して署名を拒みました。議会に差し戻されるいずれの法案も再可決される公算が大きいものの、残り20日を切った大統領在任期間中に影響力を誇示しようとしています。
この背景には2024年の大統領選出馬があると見られており、トランプ陣営の抵抗は任期一杯まで続きそうです。トランプ大統領は、2021年1月5日に開かれるジョージア州連邦上院決選投票で応援演説をする予定で、その場での言動に注目が集まります。
【追記】
12月24日、民主党のペロシ下院議長は「共和党は国民から2,000ドルを奪った」とコメントし、給付金の増額で共和党と折り合いがつかなかったことを発表しました。同氏はトランプ大統領に共和党議員らを説得するよう働きかけると同時に、28日までに法案を成立させたいとしています。
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