はじめに-日本のアビガンが有効?
新型コロナウイルスの治療薬については、「喘息の薬が効くらしい」「アビガンという薬が有効だ」など、日本でも度々話題になっています。
日本のみならず、アメリカでも治療薬の話題が注目を集めています。なかでも、トランプ大統領が「自分も使うだろう」と述べた抗マラリア薬のヒドロキシクロロキンや、処方後に感染者の大半が回復したとされるレムデシビルなどが、今アメリカの国民の間では話題になっています。
今回は、アメリカ在住の日本人ライターが、新型コロナウイルスの治療薬について知っておきたい基礎知識や、治療薬を巡るアメリカの様子、問題点などを現地からレポートします。
治療薬が完成し、このウイルスの脅威が軽減されれば、私たちの生活も元に戻ることが期待できます。公務員や医療関係者のみならず、いま、全ての人に読んで欲しい内容です。
新型コロナウイルスの治療薬の開発はビジネスチャンス
2020年4月時点では、新型コロナウイルスに効果があるワクチンは開発されておらず、薬を使った治療法は確立されていません。だからこそ、国や企業の総力を上げて薬を開発し、大きなビジネスチャンスをものにしようと競争が始まっているのです。
治療薬の開発には1年以上を要するとも言われていますが、前述したように、トランプ大統領が「自分も使う」と言及した、既存の薬の中で一定の効果があるものが、国民の注目を集めています。
これらの薬を開発した会社の株価は軒並み急上昇するなどし、アメリカでは新型コロナウイルスの治療薬は一種の「青田買い」的な扱いを受けており、アメリカの株式市場を巻き込んでビジネスゲームのように扱われています。
新型コロナウイルスで注目されている治療薬
アメリカで注目されている新型コロナウイルスの治療薬はクロロキン、ヒドロキシクロロキン、レムデシビルの3つです。
治療薬「クロロキン」について
クロロキンは抗マラリア薬として過去数十年にわたって使用されてきた薬です。国によってはニバキン、アラレン、レゾシンなどと呼ばれています。マラリアの治療と予防に効果があるとされているキナの木から採れるキニーネを化学的に合成して作られています。
2020年2月に中国で新型コロナウイルスに感染した134名にクロロキンの臨床試験を実施したところ、症状の緩和が確認できたことから新型コロナウイルスに効果があるのではないかとされています。ただし、中国政府はクロロキンが効果があると正式には発表していないため、実際のところは不明です。
クロロキンは安価である反面、心臓障害や網膜へのダメージ、過剰な摂取で死亡するなどの副作用や危険性があります。トランプ大統領はクロロキンが新型コロナウイルスに効果があると期待を寄せていましたが、ブラジルで81名を対象に実施した臨床試験で11名が死亡し、臨床試験は6日目で中止になりました。(高用量投与が原因とされている)
しかし、アメリカの厚生労働省にあたるFDA(食品医薬品局)は、3月28日にクロロキンの「緊急使用許可」を出しており、専門家たちの間でも評価が割れている状態です。
治療薬「ヒドロキシクロロキン」について
ヒドロキシクロロキンはクロロキンとほとんど同じで、マラリアの治療や予防に加えて、リウマチ性関節炎、小児リウマチ、自己免疫疾患の全身性エリテマトーデスなどの症状改善に使われています。日本国内ではプラケニルという名称で流通しています。
ヒドロキシクロロキンはクロロキンよりも安全性が高いことが特徴です。3月下旬にフランスの地中海感染症大学病院研究所(IHU-Mediterranee Infection)で36名を対象にした治験が行われ、新型コロナウイルスのウイルス量が大幅に減少したことが確認されました。
また、2次感染の予防に使われる抗生物質アジスロマイシンと併用することで、さらに効果が見られたことから新型コロナウイルスに効果があると考えられています。
トランプ大統領は、ヒドロキシクロロキンの効果に対して「とても強力な薬だ」「画期的な薬」「ゲームチェンジャーだ(事態を好転させる意味)」などと賞賛し、すでに2,900万回分の備蓄があることを公表しています。
一方で、アメリカのCIAはヒドロキシクロロキンによって心不全などの副作用が起きる可能性を示唆しており、医療専門家の立ち会いなくして使用することは危険と公表しています。また、フランスのニース大学病院付属パストゥール病院では、副作用と心臓損傷のリスクがあることから臨床試験を中止しており、クロロキン同様に評価が分かれています。
アメリカでは、トランプ大統領のお墨付きの薬として最も注目されていますが、医療専門家の意見を無視してヒドロキシクロロキンを解禁しようとする姿勢は非常に危険と警告する専門家もいます。
治療薬「レムデシビル」について
レムデシビルは、エボラ出血熱の治療薬として開発が進められていた薬です。アメリカのカリフォルニア州にあるギリアド・サイエンシズ社(Gilead Sciences Inc.)が開発しています。同社は抗ウイルス剤開発で世界2位の実績があり、これまでに抗インフルエンザ薬タミフル、エイズウイルス(HIV)への感染を予防するツルバダなどを開発してきました。
シカゴ大学は新型コロナウイルスの感染者125名を対象にしたレムデシビルを使った臨床試験を実施し、重症患者113名を含む大半の患者が退院するまでに回復したとしています。また、日本の横浜市立市民病院など3つの医療機関でも臨床試験が始まっており、感染者が多いアメリカやイタリアなどを含む世界各国で4,000名規模の臨床試験が実施される予定です。
レムデシビルはクロロキンやヒドロキシクロロキンと比較して急速に症状が良くなるとされています。シカゴ大学による臨床試験では、重い呼吸器系の症状や発熱を抱えていた多くの患者が1週間以内に退院するほどの回復を見せており、臨床試験中に死亡した人は2名に留まっています。
レムデシビルは他の治療薬よりも即効性が高いと見られていることや、開発したのがアメリカの企業であることから株価が10%以上も急上昇しています。新型コロナウイルスに有効な薬をアメリカの企業が開発したとなれば、経済にも好影響を与えることは間違いありません。
このような背景から、経済再開を急いでいるトランプ大統領は、なんとかして世界中にアメリカ製の治療薬を広めたいと考えているのです。
際立つトランプ大統領の強引な姿勢
注目を集めている薬が新型コロナウイルスに効果があるかを実証するためには少なくとも1年は必要と言われています。さらに、数千人規模の臨床試験で、なおかつ無作為化臨床試験(ランダム方式)でなければ証拠を得られないとされています。
トランプ大統領はこのような時間がかかる臨床試験は省略して、すぐにでもヒドロキシクロロキンやレムデシビルを認可するようFDAに要求しています。「治療薬の試験に何年も費やす余裕はない」と医療専門家の意見を聞かずに、強引な姿勢をとっていることから危険な印象は否めません。この点はアメリカ経済への効果を意識した振る舞いと言えるでしょう。
日本は抗インフルエンザ薬「アビガン」で対抗なるか
日本では富士フイルムの子会社である富士フイルム富山化学が製造販売している抗インフルエンザ薬「アビガン(ファビピラビル)」が注目されています。
厚生労働省は2月末時点でアビガンの有用性について同社に協力要請をしており、3月28日には安倍首相が承認のために必要な手続きを開始すると明言しました。つまり、日本はアビガンで新型コロナウイルスを治療し、さらには各国に対抗することになります。
これまでアビガンの原薬は中国からの輸入に頼っていたため、時間がかかる難点がありました。しかし、国内化学大手のカネカが原薬を供給することになり、生産体制が整えば7月には供給可能とされています。日本国内では企業同士が協力し合って事態の打開に挑んでいる訳です。
仮に、アビガンが新型コロナウイルスに効果があり、安全性も証明されれば日本の国益にも繋がることから、政府としても注力したいところです。
問われる国際研究協力
京都大学iPS細胞研究所長の山中伸弥教授は、アメリカをはじめとする新薬開発競争に警鐘を鳴らしています。
日本経済新聞の取材において山中教授は国際研究協力の重要性に触れています。新型コロナウイルスの新薬開発にあたって起こる特許戦争やデータの非開示など、お金儲けの目的よりも国を越えて気持ちをひとつにすることが重要としています。
また、競争に勝った者に研究費を与える現行の制度ではなく、国際協力に貢献した研究者を評価する制度が必要と答えています。世界的に大流行している疫病の新薬開発は、莫大な利益を生む可能性があるため、利益独占を狙う国や企業によって本来の目的が失われないことが大切という主張です。
まとめ
新型コロナウイルス感染拡大を終息させるためにも有効な新薬が望まれています。一方で、アメリカで既に始まっている新薬開発に関連する動きは利益追求を優先している印象が否めません。
経済再開を急ぐトランプ大統領の強引な手腕が、人々の生命を危険にさらす懸念もあるため注視したいところです。また、日本が新薬開発競争にどのように関与するかも見る必要があるでしょう。
今後も、世界中で展開されることが予想される新薬開発競争の動向に、注視が必要です。
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