はじめに
アメリカの大統領選はトランプ大統領の敗北が正式に発表されないため、決着がついていない状態が続いています。そんな混乱状態の中、勝利を確実にした民主党のバイデン氏は、次期政権の主要ポストを決める作業に入りました。
次期政権のなかで最も注目されているのが、アメリカ経済の鍵を握るとされる「財務長官」です。バイデン氏が指名した人物は、オバマ政権時代にFRB議長を務めた経験があるJanet Yellen(ジャネット・イエレン)氏です。
イエレン氏は国内外の金融界と強い結びつきを持つ人物として知られている一方で、保守的な金利政策を支持する「ハト派」としても有名で、好調なアメリカの市場にブレーキをかける存在になるかもしれないと懸念する人もいます。
バイデン政権において、アメリカ経済を大きく左右する存在のイエレン氏とはいったいどのような人物で、次期政権でどのような影響をもたらすのか解説します。
アメリカの次期財務長官、ジャネット・イエレンとは
イエレン氏(74歳)は、2014年から2018年まで第15代連邦準備制度理事会(FRB)の議長を務めた人物です。ユダヤ人そして女性初のFRB議長としても知られており、クリントン政権やオバマ政権において、経済や金融界の中心的な存在として活躍してきました。
また、経済界で活躍する女性のアイコン的な人物としても有名で、2020年9月に亡くなったルース・ギンズバーグ最高裁判事と同じく、第一線で活躍するアメリカ人女性として人気があります。
アメリカの名門校であるハーバード大学やカリフォルニア大学で教鞭をとっていた経験もあり、一般的な政治家とは対照的で「簡潔でわかりやすい話ができる」ことに長けていると言われています。
また、英語を母国語としない人たちでも分かるほど簡単な英語で難しい話ができることにも定評があることから、アメリカ人に限らず「万人受け」しやすい人物と言えるでしょう。
なお、ルース・ギンズバーグ最高裁判事については、以下の記事もあわせてご参照ください。
》ルース・ギンズバーグ最高裁判事とはどんな人物だったのか?今後の影響は?
2020年9月18日、アメリカ連邦最高裁判所の女性判事Ruth Bader Ginsburg(ルース・ベイダー・ギンズバーグ)が亡くなりました。今回は、ルース・ギンズバーグ最高裁判事の人柄や、亡くなったことによる今後の影響について、アメリカ在住の日本人にレポートいただきました。
アメリカ新政権における、次期財務長官イエレン氏の役割
バイデン氏が次期財務長官にイエレン氏を指名したことは、女性や少数派といった「多様性」を強調する民主党らしい人選です。
イエレン氏が正式に財務長官のポストに就任するには上院議会での承認が必要ですが、承認されればアメリカ史上初の女性財務長官となるため、民主党が掲げる多様性をアピールできる絶好のチャンスと言えます。(共和党は昨今の風潮から女性初の財務長官誕生に表立って反対できないと見られる)
イエレン氏には、トランプ政権で拡大したアメリカ国内の経済格差是正をはじめ、新型コロナウイルスによって打撃を受けた労働者階級の立て直し、そして民主党のアイコンとしての活躍が求められています。
政府が積極的に経済活動や社会保障などに関与することを示す「大きな政府」を金銭面で実践する中心人物がイエレン氏になると考えて良いでしょう。トランプ政権の「小さな政府」とは対照的に、イエレン氏がどのような財源管理で経済政策を推進するかが焦点です。
一方で、内政問題の決定については議会の影響力が強いため、財務長官に出来ることは限れられるとする声もあります。
このため、イエレン氏は内政よりも、経済協力開発機構(OECD)などで国際金融や国際税制改革の主導的な存在になることで、新政権の経済政策である「バイデノミクス」に一役買うことも期待されています。
このように、イエレン氏は国内経済政策だけでなく、国際的な経済政策の役割も担う重要な存在です。
アメリカ次期大統領、民主党バイデン氏の狙い
次期政権の重要ポストにイエレン氏を指名したバイデン氏の狙いを知ることで、バイデン政権がどのようなことを考えているかが透けて見えます。
FRBとの調整役
バイデン氏が大統領就任前に早々とイエレン氏を指名したのには、影響力を持った「FRBとの調整役」を配置したかった狙いがあります。
バイデン氏は公約として大型公共事業への投資を訴えており、おおよそ500万人の新規雇用を生み出すとしています。しかしながら、アメリカ政府の債務は27兆ドルの過去最悪水準に達しており、仮に金利が上昇すると債務がさらに膨らむ懸念があります。
これを防ぐためには、FRBによる政策金利を「低金利政策」で維持させることが不可欠です。バイデン氏としては公約を果たすために、金利を決定するFRBをうまく取り込むことが重要という訳です。
この点においてイエレン氏は「元FRB議長」であることから、バイデン政権とFRBを繋ぐ「橋渡し役」として適任と判断されたのです。
リベラル色を強めたい
バイデン氏はイエレン氏を指名することで民主党のリベラル色を強めたい狙いがあると見られます。なかでも、女性やマイノリティへのアピールに余念がありません。
バイデン氏はイエレン氏の指名と同時に、経済政策に関連する重要ポストに女性を配置しました。行政管理予算局(OMB)の局長にはニーラ・タンデン氏、大統領経済諮問委員会(CEA)の委員長には黒人女性のセシリア・ラウズ氏を指名しています。
いずれも民主党内で革新的な政策を訴える「左派」として知られる人物です。タンデン氏は民主党の急進左派筆頭のバーニー・サンダース上院議員を支持しており、国民皆保険や再生エネルギー事業「グリーン・ニューディール」といった政策を訴えています。
また、ラウズ氏はイエレン氏と同じ労働経済学の専門家で、弱者救済政策を優先する考えで一致しています。バイデン政権では、イエレン氏を中心にして女性中心の経済政策チームになると言えるでしょう。
民主党の中道派として知られるバイデン氏は、民主党の弱点でもある「党内結束」を強めるために左派寄りの人物を配置したと見られます。また、重要ポストに女性やマイノリティを配置したことで民主党のリベラル色を濃くすることにも配慮しています。
アメリカの次期財務長官、イエレン氏の影響
イエレン氏が財務長官に就任することで生じる影響を見てみましょう。
影響その1:低金利政策の維持
イエレン氏が財務長官に就任することでFRBの低金利政策が維持されやすくなります。パウエル現FRB議長をはじめとする現FRBメンバーは、イエレン氏がFRB議長時代だった時の「部下」と呼べるような存在です。
そのため、財務長官のイエレン氏(次期政権)と旧知の仲である現役FRBとが連携を取りやすくなり、バイデン氏の描く「バイデノミクス」が進めやすくなります。つまり、イエレン氏はアメリカの財政赤字を最小限に抑えつつ、経済再建が出来るか否かの鍵を握っていると言えるでしょう。
逆を言えば、イエレン氏とFRBがうまく連携できなければバイデノミクスどころか、アメリカの財政赤字は急激に加速して「大きな政府」は立ち行かなくなります。
影響その2:国際協調路線への回帰
バイデン氏は、トランプ政権で国際社会から孤立してしまったアメリカを国際社会へ復帰させると公言しています。
トランプ政権はアメリカ第一主義を名目に、同盟国に対しても制裁関税をかけてきましたが、アメリカが国際社会へ戻るためには国家間の税制改革が不可欠です。
この点においてイエレン氏は海外の財政当局や中央銀行とも繋がりがあるため、国家間交渉が円滑に進むと期待されています。イエレン氏にはアメリカが国際協調路線に回帰できるかどうかの影響力があるのです。
影響その3:対中政策
イエレン氏は「対中貿易協議」での役割も大きいとされています。とくに、人民元ショック(2015年に起きた中国人民元の実質的な切り下げ。これにより中国当局が人民元を通貨安に誘導し世界同時株安につながった)のようなことが再発しないように、中国に透明性を求め、国際金融システムを安定させる必要があります。
つまり、イエレン氏には「国際的な金融の安定化」を実現させる影響力もあるのです。トランプ政権では、中国を「為替操作国」と指定した経緯もあることから、イエレン氏には大国同士の経済摩擦を避ける影響力もあると言えるでしょう。
まとめ
以上、「知っておきたい!アメリカ経済の鍵を握るイエレン次期財務長官とはどんな人物」でした。
バイデン氏による財務長官指名を受けたイエレン氏ですが、国内外問わず「調整役」としての働きが求められます。とくに「低金利政策の維持」と「対中貿易協議」のふたつはアメリカ経済と世界経済に影響するため注視しましょう。
次期政権におけるアメリカ経済の動向は、イエレン氏の言動で大きく動くことも覚えておくことをおすすめします。
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