中核市シリーズ第29回「西宮市」について

地方自治体特集「中核市」シリーズ、第29回は「西宮市」です。

兵庫県にある「西宮市」の人口は2019年9月時点で約49万人と、大阪府東大阪市に次いで国内29番目です。そんな「西宮市」とはどんな都市なのか解説します。

「西宮市」について

兵庫県にある「西宮市」は、県南東部、神戸市と大阪市の中間に位置する中核市です。南部の市街地からは両都心に電車で約15分でアクセスできる立地です。

「西宮市」は、北部が山地、南部は平野に分かれていて、南部は大阪湾に面しています。

2019年9月時点での人口は約49万人で、2005年に尼崎市を抜いて兵庫県第3の都市になりました。

「西宮市」は、阪神工業地帯の一角にあり、伝統産業の清酒をはじめとする飲食料品を中心に、軽・重工業まで発達しています。また、プロ野球の阪神タイガースの本拠地として知られる「甲子園球場」のあるまちとしても知られています。数多くの教育・文化施設を有し、文教住宅都市としても発展を続けています。

「西宮市」の気候は、瀬戸内海式気候に属していますが、市域は南北に長く、気象状況は市域によって変化に富んでいるのが特徴です。大阪湾の暖流の影響で、年平均気温は約16度と温暖です。市域全体を通して、冬の降雪はほとんどありません。

>西宮市のホームページ
https://www.nishi.or.jp/

「西宮市」の成り立ち

「西宮市」の成り立ちは、1925年(大正14年)4月の市政施行により、西宮町が西宮市になったことにさかのぼります。

当時の人口は約3万4千人でした。その後、1933年(昭和8年)から1969年(昭和44年)にかけて、近隣町村の合併などにより市域を拡大しました。

1963年(昭和38年)に「文教住宅都市」を宣言し、恵まれた教育環境と住環境を生かしたまちづくりを進め、1975年(昭和50年)には人口は40万人を超え、1985年(昭和60年)頃には42万人を超えるほどになりました。

しかし、1995年(平成7年)に発生した阪神・淡路大震災によって「西宮市」も壊滅的な打撃を受け、一時人口は39万人程まで激減しましたが、懸命な復興と災害に強いまちづくりを進め、2006年(平成18年)6月には推計人口が47万人を超えました。そして、2008年(平成20年)4月に中核市に移行しました。

西宮市長「石井 登志郎」(いしい としろう)さんはどんな人?

2018年4月から西宮市長を務める「石井登志郎」さんは、1971年5月29日に兵庫県芦屋市で生まれました。大学卒業後は、神戸製鋼所に就職。その後、アメリカで公共政策学修士号を取得し、帰国後、日本総合研究所副主任研究員を経て、参議院議員政策担当秘書、衆議院議員を歴任しました。そして、第14代の西宮市長となり、1期目になります。

座右の銘は、「意思あるところに道あり」だそうです。

>西宮市長公式ホームページ
http://toshiro.jp/

「西宮市」の行政プラン

「西宮市」の行政プランは、目標年次を2028年度とし、「未来を拓く 文教住宅都市・西宮 〜憩い、学び、つながりのある美しいまち〜」を将来都市像として掲げています。そして、都市像実現に向け、以下の6項目をまちづくりの主要課題に設定しています。

1) 住宅都市としての価値を未来に引き継ぐ
2) 子供の育ちを応援し、子育てしやすい環境をつくる
3) 自助と共助(互助)の考えで地域のきずなを強め、地域共生の社会に向かう
4) まちの魅力ある資源を生かし、市民文化を発信する
5) 安心で快適に過ごせるまちの基盤や仕組みをつくる
6) 地域力の向上を図りつつ、長期的な展望に立った持続可能な行政運営を行う

まとめ

以上、地方自治体特集「中核市」シリーズ、第29回は兵庫県の「西宮市」についてご紹介させていただきました。

本シリーズの他の都市は下記よりご覧いただけます。

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本記事は、2020年10月5日時点調査または公開された情報です。
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