アメリカの社会状況2022

インフレが進むアメリカの連邦最低賃金15ドルの将来について現地レポート(2022年10月情報)

2022年10月、アメリカでは、2024年までに現在の合衆国連邦最低賃金を一律15ドルに引き上げることを目指しています。最低賃金がそこまで引き上げられれば、賃金格差が減り、消費活動も盛んになるなどと、良いことばかり言われています。しかしそれは賃金引き上げ後も、ずっと働き続けられるという仮定でのはなしです。

今回は将来最低賃金の引き上げによって、仕事を追われる人達もいる(かもしれない)ということをお話ししたいと思います。


最低賃金引き上げで将来期待されていること

アメリカ合衆国大統領府経済詰問委員会(C E A)の調査では、最低賃金値上げによる経済的ベネフィットは、経済的コストを上回ると報告されています。

その理由は、賃金引き上げによって労働者の離職・転職が抑えられ、企業側も離職率の低下で再雇用のための人件費が抑えられて、労働生産性も上がると予想されるからだそうです。

また経済政策研究所(E P I)は、最低賃金が15ドルになれば、全米約3200万人の賃金が上昇し、世帯収入が貧困ラインを下回っている世帯の約59%の収入が増加すると予想しています。これらの報告が本当に正しければ、多くの低賃金労働者が貧困から抜け出せる可能性があります。しかし現状はどうなのでしょうか。

他の国とは違うアメリカのインフレ

世界各地で起こっている物価の上昇。その主な原因として挙げられるのが、コロナ禍でのサプライチェーンの混乱と、ロシアのウクライナ侵攻による原油や穀物などの不足です。

しかし、アメリカのインフレ率が急速に上がった主な要因は、世界的なサプライチェーンの混乱やウクライナ情勢の影響というよりも、国内の人手不足解消のためにおこなわれた賃上げが原因で、賃金・物価スパイラルが起きた結果だと言われています。

パンデミックからの変換期を終えた現在のアメリカでは、今まで我慢していた旅行、外食、パーティ、イベント開催などの需要が一気に高まっています。そのためパンデミック当初から人手不足の影響を受けてきた、サービス産業の人手不足がさらに深刻化して、顧客の需要に見合う人員の確保をお金で解決しているのが現状です。

例えば、ある日本食レストランでは、1年ほど前に10ドル(約1400円)だった皿洗いの時給が、今では30ドル(約4200円)に値上げされているそうです。また求人募集の際には、面接を受けに来てくれただけで50ドル(約7000円)支払い、雇用された人には、ウェルカムボーナスの1000ドル(約14万円)が支給されます。

ここまで時給を上げなければ、人が来てくれないことも驚きですが、ボーナス目当てで面接を受けに来て、採用後すぐに辞めてしまう人も多く、長期雇用が進まず頭を悩ませている店も多いようです。

こうして人手不足解消で増えた人件費も、ロックダウン中におこなった店舗改修工事の借入金も、支出の大部分は商品価格に転化されるので、街中が値上げで溢れています。特に飲食店の料金はどんどん値上がりしていて、コロナ前にはふたりで30ドルだったランチタイムのB B Qセットが、つい先日53ドル(1ドル140円で換算すると7420円)と、約1.7倍に値上がりしていて、大変驚きました。

最低賃金引き上げで、一番被害に遭うのはチップで働く人達

アメリカでは、レストランやカフェで食事をした場合、合計金額の15〜20%のチップを支払うのが習慣になっています。チップはサービスに対して支払われるものなので、たとえ理由がなんであれ、顧客がサービスに満足ならウェートレスへのチップは多くなり、不満を感じればチップは少なくなります。


近年はインフレの影響もあり、客側が予算を引き締める場合が多くなって、多くウェートレスへのチップが、コロナ前に比べて大幅に減っているそうです。それ以外にも人手不足の影響で、せっかく席に着いてくれてもウェートレスの手が回らず、長時間待たされた客が怒って、食事をする前に店を出て行ってしまうことも、チップが減った原因になっているそうです。

もし人手不足のためにサービスが低下して客足が遠のくようなら、店側は営業時間を短縮して、昼の営業をやめて夕方から夜にかけてだけ開店する事ができます。そうすれば、昼に働く従業員を全て夜に回せるので、店側は人手不足解消と経費の削減が一挙にできてしまいます。しかし働く側からすると、労働時間が短くなったぶん報酬が下押しされるリスクは否めませんし、昼間しか働けない人は仕事を辞めざるを得ません。

アメリカでは、月に30ドル以上チップを受ける人たちの最低賃金は、驚くほど低く定められています。その金額は1991年から30年間変わらず、1時間当たり2ドル13セント(約300円)です。もしチップ付きで時給7ドル25セントに達しなければ、差額を雇用主が補うよう義務付けられてはいますが、店側は店員のチップ収入を見込んでいるので、補助はほとんどありません。

今回の最低賃金引き上げには、チップに生活を頼る労働者も含まれていて、2024年までに現在の2ドル13セントから、一律15ドルに引き上げる提案も出されています。もしこの法案が通ると、雇用主はウェートレスに、時給を今の7倍払わなければならない計算になります。

人件費の価格転嫁も、もう既に限界に近いはずです。人件費の高騰で、個人レストランの経営はこれからさらに厳しくなり、大幅な人員削減も視野に入れると思われます。このままインフレが続き、紙皿に乗ったB B Qランチが一皿一万円、なんていう日が来たら、友達と気軽にランチに行くこともできなくなるかもしれません。

最低賃金が7倍になるわけですから、これを機にチップ制度を廃止にしてしまえば良いという声も多く耳にします。チップ収入がなくなれば、他の仕事に人材が流出することも考えられます。しかしそれよりも問題なのは、約70%の(特に低学歴の有色人種)女性労働者は、チップに依存する職しか見つからないことも多く、チップがなくなって実質収入が減って生活がさらに困窮することになったとしても、そこで働き続けるしかない点なのかもしれません。

まとめ

良くも悪くも社会的に大きな影響のある最低賃金の引き上げ。最低賃金が15ドルになれば、多くの人々の収入増加が見込まれます。

しかしその一方で、最低賃金引き上げによって職を失うか、今の生活よりさらに困窮してしまう可能性がある人たちがいるのもまた事実です。

みんながメリットを実感するために、今後さまざまな対策が考慮されることを願うばかりです。

本記事は、2022年11月8日時点調査または公開された情報です。
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