はじめに
教員、学校の先生とは、単に生徒に学問を教えるだけではなく、生徒一人一人が進むべき道を示し、支え、心身の発達を助け促す、素晴らしい職業です。
教師になることを目指し、教育学部で学ぶ人は大勢おり、彼らの目標は明確に「教師」になることです。
しかし、教員免許は教育学部でなくとも、取得することが可能なのです。そして、教育学部でなくとも、自分の所属する学部で学んでいることが仕事に直結しないと感じているのならば、教員免許を取得しておくことは、決して損ではありません。
今回は「将来は絶対に教師として活躍したい!」と望む人ではなく、「夢は必ずしも教員になることではないが、将来の選択肢として、取得しておきたい」と考える人に向けた内容となります。
教員免許取得の2つの方法
まずは、教員免許を取得する方法を簡単に説明します。
1つ目:大学の教育学部に入学
方法は主に2つあり、一つは教育学部に入学する事です。これは単純明快で、教育学部内には、例えば「小学校教員養成課程」や「中学校教員養成課程」、「養護教諭養成課程」など様々なコースがありますので、自分の目指す教員コースを選び、受験し、必要単位を納めて卒業すれば、晴れて教員免許を取得できるということになります。
2つ目:大学の他学部で必要な教員免許な科目を履修
もう一つの方法は、教育学部以外の学部に入学し、同時並行して教員になるために必要な単位を履修して、特定の科目の教員免許を取得するというものです。
この場合、入学した学部によって、何の科目の先生になれるかは変わってきます。例えば文学部では国語の先生、政治経済学部では社会の先生、数学部では数学の先生、といったような具合です。
どちらの方法も共に、教員免許の取得という点で見れば、必要単位を履修すれば取得することができ、例えば医師免許のように、最終的に何らかの試験が待ち受けているということはありません。
もちろん教員になるためには、教員免許を持っていれば誰でもなれるわけではなく、教員として採用されなければなりません。なので、教員採用試験というものを受け、そこで合格して初めて「学校の先生」になることができるのです。
今回の記事では、「教員免許取得」をテーマに絞り、お話していこうと思います。
どんな学部で取得が推奨されるのか?
例えば薬学部や看護学部、医学部、もしくは建築学科や保育関連の学科などに入学したのならば、おそらくその人たちには将来の明確な目標があることでしょう。
そういった人たちにとって、大学で学ぶ内容というのは、将来の夢をかなえるための手段なのです。ですが、大学の学問とは必ずしもそういった「将来に直結」する内容ばかりではありません。
「私は大学で、日本古来の食文化について学びたい」「大学では、数学を専攻したい」「どこそこの大学で、歴史について学びたい」など、大学で何かを学ぶことが手段ではなく、目標だという人も大勢いると思います。
しかしながら、それらを仕事に直結させようと思ったら、職業としては研究者や大学教授などになってきますが、そういった仕事に就ける人というのはかなり限られてきます。そもそもそういった職業は、母数が少なく、実力と運が必要な、狭き門なのです。
そしてそこでお勧めしたいことこそ、「教員免許の取得」なのです。
文学部の学生だった私
私自身、大学では文学部で行動科学という学問を専攻していました。心理学や社会学、文化人類学、認知科学、哲学などを勉強したのです。
「人」というものに多大な興味を持っていたので、人の心理、人が創りだす「社会」というもの、そして哲学など、大学で学んだことは非常に興味深く、それらを学んだことを後悔はしていません。
しかし現状、それらを活かす仕事というのはほんのわずかでした。
心理学にしても、それを活かして臨床心理士になりたいなら大学院まで行く必要がありますし、文化人類学や社会学、認知科学や哲学に至っては、おそらく研究者くらいしか道はないでしょう。
私たち文学部の学生は、最初のガイダンスで「教員免許か図書館司書の免許は取得しておいた方がいい」と教授に言われたほどです。
現に、文学部卒の学生の中には、他業種の就職活動をしたものの、最終的には高校教師になった者も少なからずいました。彼らは口をそろえて、「面倒でも教員免許を取得しておいて良かった」と言っており、教員免許取得が無駄にならないことはこれらのことからも明白のようです。
教授までもが勧める教員免許の取得ですが、もちろんメリットもあればデメリットもあります。一体どのようなメリット・デメリットがあるのでしょうか。
教員免許取得のメリットは数えきれない
教員になるかどうかもわからないのに、大学で余分に授業を履修し、教員免許を取得する事は、少なからず負担が生じます。それでも私は、実はメリットの方が多いのではないかと感じました。
「教育実習」は非常に大きな経験になる
教員免許を取得したければ、必ず教育実習に行かなければなりません。期間は2~3週間、毎日、学生として大学に通うのではなく、生徒にとっては「先生」として小中高校に行くのです。そしてそこでは「先生」の卵として、生徒に恥ずかしくない行動を取らなければなりません。
他の業種で、大学生のうちからこれほど濃密にその職業の体験ができるということは、ほぼないでしょう。
例え最終的に教員にはならないとしても、教育実習経験は必ずや自分の糧になることと思います。
将来への「保険」
あまりいい言葉ではありませんが、教員免許はまさしく、将来への保険になり得ます。
例えば就職活動をしてもうまくいかず、最初は視野に入れていなかった塾の講師などにもチャレンジしてみようとしたらどうでしょう。
塾の講師に教員免許は必須ではありませんが、あるとないとでは、採用の可能性が違います。
また、とりあえずのつもりで教員免許を取得しようと思い、その過程で行った教育実習で大きな感銘を受けて、「教員になりたい」と思うこともあります。
私の知り合いには、当初はさして興味のなかった教育の世界に、母校の高校へ教育実習に行ったことで俄然興味を抱き、そのまま数学の高校教師になった方もいます。
保険としての教員免許というのは、いい考えではないのかもしれません。
しかし、自分でも思ってみなかった魅力に気付いたり、無縁だと思っていた業種に就職するというのは往々にしてあることなのです。
将来の道を狭めないための教員免許取得、そんな考えもあっていいのではないでしょうか。
教員免許のための授業は面白い
大学では基本的に、自分の興味がある分野を学びます。しかし、知りもしないことに対して自分が「興味が持てるか否か」など、本当にはわからないのです。
学んでみなければ、面白いかつまらないかわからない、当たり前のことです。
さて大学の学部というものは、特殊な大学でない限り、高校生の段階で決めておかなければなりませんし、理系か文系かという大まかなくくりで言えば、大概は高校2年生に進学するときに決める場合がほとんどです。つまり、その時点ですでに学びは狭められているのです。
しかし、選ばなかった方の学問だからつまらないかといえば、そうではありません。
私の高校は、社会科の授業は、理系は地理、文系は歴史と決められていました。けれど、化学が学びたい人間が歴史にも興味を持つ、文学が学びたい人間が地理にも興味を持つ、どちらも当然あることであり、むしろ16~17歳で、自分の興味が完全に定まる人間などいないのです。
話を教員免許に戻しましょう。
教員免許を取得するためには、自分の入学した学部が定める以外の授業を、履修する必要があります。そしてその授業はたいてい、普段学んでいることとは毛色が違っており、面白いのです。さらに、自分では考えもしなかった学問に触れることで、自らが専攻している学問の助けになることもあります。
「卒業に必要な授業ではないから」と見向きもしなかった授業を履修してみると、自分でも気付かなかった興味が沸き、思考力にも幅が生まれます。
それは、非常に大きなメリットなのです。
教員免許取得のデメリット
今度は、デメリットの話をしていきましょう。
前述したように、 教員になるかどうかもわからないのに、卒業に必要な分以上に授業を履修することは、考えるより負担になることもあります。
ときには、本来学習している分野の方がおろそかになってしまうこともあるでしょう。そんな中でも、最もデメリットとなる可能性があるのが、メリットでもあった「教育実習」です。
教育実習と就職活動
実は教育実習が行われるのは4年生の前期、夏休み前くらいなのですが、その頃はちょうど一般企業の就職活動が盛んな時期でもあるのです。
教育実習期間中の2~3週間のあいだに、ちょうど一般企業の面接などの試験が重なった場合、教育実習を優先しなければなりません。
教育実習は「今日は会社の就職試験なので休みます」というわけにはいかないのです。
私も、とある会社の最終面接と教育実習が重なり、会社の方をお断りしたことがあります。魅力ある会社でしたし、最終面接まで進めたことが嬉しくもあっただけに、非常に悩みました。しかし教育実習を放棄すれば、それまで何年もかけて取得してきた単位が無駄になります。
どちらにせよ、とても苦しい選択でした。
なので、どうしてもチャレンジしたい企業や業界がある場合は、事前にできるだけ情報を集め、その業界の就職活動期間が、教育実習期間と重ならないかを事前に確認しておく必要があると思います。
重なるようであれば、最初から教員免許を取得しない道を選んだ方が無難でしょう。
教員免許は更新制に
平成21年4月1日より、教員免許の更新制が導入されました。
その目的は、教員として必要な資質能力が保持されるよう、定期的に最新の知識技能を身に付けることであり、教員が自信と誇りを持って教壇に立ち、社会の尊敬と信頼を得ることを目指すためです。
これは、今後さらに変化していくであろう教育という業界において、制度として必要なものでしょう。
更新方法は、大学などが開設する30時間以上の免許状更新講習を受講・修了した後、免許管理者(都道府県教育委員会)に申請するというものです。
ここでポイントとなってくるのは、免許は持っているものの、教職についていない人に関しては、免許状更新講習を受講・修了しなくても免許状は失効しないということです。
なので、期限を過ぎたあとに教職に就こうと思ったとして、教員免許保持者なわけですから、それはもちろん可能です。ですが期限を経過したあとに教員として働くことが決まった場合は、その時点で30時間以上の免許状更新講習を受講して、各住所地の都道府県教育委員会に申請することが必要となります。
教職に就いていなければ、免許を失効することはないものの、いざ教職に就こうとしたときにそういった講習が必要なのは負担になることですから、デメリットといえるでしょう。
教職に就かなかった私
私は上記のメリット・デメリットを考慮した上で教員免許を取得する道を選びましたが、教職には就いていません。
教員免許の取得を通して、教員の面白さ・奥深さを知りましたし、教育実習では母校に先生として戻り、濃密な時間を過ごしました。
学んだことも多くあります。
しかしなぜ教職に就かなかったかといえば、私には「教職は面白い」「学校は楽しい」「教育の分野は興味深い」という気持ちしか、芽生えなかったからです。「生徒を、人間を育て導きたい」という想いまでは、生まれなかったのです。
教師という職業は、まだ幼い少年少女や、多感な十代の思春期の若者に、大きな影響を与えます。
私が小学生の頃、体育の男性教師が、足の遅かった私をクラスのみんなの前で名指しで注意しました。きつく叱られたわけではなく、体罰などももちろんなく、ただ「がに股だから、足を真っ直ぐにして走れ」と言ったのです。
それは改善点の指摘だったのかもしれませんが、私は、たったそれだけのことが非常にショックで、その後大人になるまで、大人の男性が恐くて仕方ありませんでした。どんな男性とも、顔を見て話すことができなくなりました。
そんな些細なことにすら傷付く子どもを相手に、それでも教師として接していきたいと思える程の気持ちが、教員免許取得を通して、私には芽生えなかったのです。むしろ、それまでは「学校の先生もいいな」と思っていたのに、免許の取得を通して逆に、「私には出来ない仕事だ」と思い知らされたといっても過言ではありません。
こうして私は教員にはならなかったわけですが、逆に教員免許の取得を通して、「教員になって生徒を導こう!」と熱い想いを抱く学生もいます。
私は教員にはなりませんでしたが、「面白い・楽しい・興味深い」の一歩先、それらを踏まえて「私ならこんな風に教育したい」と思う人たちが、学校の先生になり、次世代を教え導くのだと、このことに気付けただけでも、教員免許を取得して良かったと思えるのです。
まとめ
とりあえず教員免許を取得してみよう、というのは、本気で教師を志す人間にとっては、ふざけた考えのように写るかもしれません。
しかし、それは決してふざけた気持ちなどではなく、自分自身を知るための行為でもあるのです。お話してきたように、メリットと同時にデメリットも存在しますが、もし、教員免許取得を迷っている人がいるとしたら、ぜひチャレンジして欲しいと思います。
最終的には教員にならなかったとしても、真剣に取り組んだことであれば、それは何らかの形で、自分の糧になると思うからです。
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